2016年12月13日火曜日

2016.12.11 東京大学フィルハーモニー管弦楽団 第38回定期演奏会

川口総合文化センター リリア メインホール

● 東京大学の冠が付くオーケストラは4つある。東大純正の東京大学音楽部管弦楽団のほかに,東京大学フィロムジカ交響楽団東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団,そして東京大学フィルハーモニー管弦楽団の3つのインカレ・オーケストラ(東大の学生が占める比率は,3割程度か)だ。
 東大の五月祭や駒場祭に行くと,この4つのオーケストラの演奏をまとめて聴くことができる。実際,五月祭にも駒場祭にも出かけたことがある。のだけれども,大学祭に自分のようなロートルが紛れ込んでしまうのは,学生さんの迷惑になるかもしれないと思って(つまり,いるだけで迷惑。場の雰囲気を壊す),ここ2年ほどは自重している。

● さて,東京大学フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴くのは,2年前の駒場祭以来。定期演奏会に限れば,3年前の32回定演以来。
 開演は午後3時。入場無料。指揮は濱本広洋さん。曲目は次のとおり。
 ボロディン 「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」
 ハチャトゥリアン 組曲「仮面舞踏会」
 チャイコフスキー 交響曲第4番

● 前回聴いた定演から,メンバーはほとんど入れ替わっているのではないかと思う。3年も前なんだから。
 3年前に比べると,かなり巧くなっていると思われた。「ダッタン人の踊り」が始まって数秒後には,そう思っていた。メンバーの入れ替わりによるものでしょうか。

● ハチャトゥリアン「仮面舞踏会」は,浅田真央が演技用の音楽に採用してから,コンサートで聴く機会が増えた。今は減ってしまったと感じるのは,浅田の低迷と関係があるのかないのか。
 彼女の世界の1年は,普通の仕事に従事している人の3年分や5年分に当たるのかもしれない。彼女は10代半ばからずっとトップを張ってきた。マスコミに追いかけられてきた。もういいんじゃないかと,ぼくなんぞは思ってしまう。
 もう長い間,充分に戦ったのだから,と申しあげたいところだけれど,そうも行かない事情が何かあるんだろうか。

● 「仮面舞踏会」は,1曲目の“ワルツ”と2曲目の“ノクターン”の対比に惹かれる。ハチャトゥリアンに対比する意図はないのかもしれないけれど,“ワルツ”の華やかさ,何とはなしのデコラティブな感じに対して,静謐な“ノクターン”。ここはコンミスの腕の見せ所でもある。

● こういった“ワルツ”と“ノクターン”の対比云々ということを言っていられるのも,演奏がいいからなんだよね。演奏がダメだとそういうところに行かないで終わる。
 この楽団のサイトには,練習は週1回だと書いてあるんですよ。けれど,腕に覚えのある人たちが集まっているんだとしても,週1の練習のみでこの水準を維持することができるんだろうか。
 できないよね。ということは,他の楽団にも参加している団員が相当いるんでしょうね。

● チャイコフスキーの4番も,同じ印象。木管が目立つ曲だから,木管に目(耳)が行くことになる。ホルンをはじめ金管も何だか凄い感じ。弦は言うにや及ぶ。
 冒頭のホルンとファゴットが奏でるファンファーレ。これから始まるこの曲は,つまりはこういう曲なんですよ,と聴衆に告げるわけだけれど,この部分をここまでの水準で表現できるアマチュアオーケストラはそんなにないのじゃないかと思う。
 そうでもない? これくらいは普通なの?
 アンコールもチャイコフスキー。「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ。

● というわけで,演奏は堪能できる水準に仕上がっていた。来年は創立20周年になるらしい。記念行事を何かやるんだろうか。募金を募っているとアナウンスがあった。
 これだけの演奏を聴かせてもらえれば,たいていの人は募金に応じるはず。ぼくも些少ながら。

● ただし,唯一の傷が客席にあった。乳児の泣き声が何度か響いてしまったんだね。演奏の途中で指揮者が振り向いて睨みつけるという一幕があった。
 ここまで底が抜けた馬鹿がどうして出てしまうのか。生まれて間もない乳児をこれほどの音圧にさらせば,泣きだすに決まっている。奏者や他の聴衆に迷惑がかかるというレベルを超えて,演奏会を壊してしまうことになる。
 それ以前に,そんなことをするのはわが子を拷問にかけるようなものだろう。虐待のひとつに数えていい。正気の沙汰とは思えないんだがな。

● ひょっとすると,団員の知り合いなんだろうか。生まれたばかりの子供を連れてきて,紹介しようと思った。育休で休んでいる女子社員が乳飲み子を連れて職場に来ることがあるけれども,そんなノリで来たのかもしれない。
 もしそうならなおのこと,受付で撥ねないといけない。かなりやりづらいだろうけど,撥ねないと。
 通した以上は,そこから先の展開は想定の範囲内にあるはずで,主催者側の一員である指揮者が睨むというのもおかしなものだ,となってしまう。あんたが入場を認めたんだよね,ってことだもん。

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