2014年3月17日月曜日

2014.03.15 Sinfonia Resonanz ベートーヴェン全交響曲連続演奏会・Ⅵ

横浜みなとみらいホール 大ホール

● このブログは音楽そのものについては,あまり語れていないと思う。語れるだけの鑑賞眼を持っていないからで,それはそれで仕方がないと諦めている。
 ただ,その程度であっても,ステージから「感動」を得られたときは,その程度なりに気がこもるところはあるのじゃないかと思う。「感動」がなければ書けないというほど,ぼくはセンシティブではないけれども,書いても平板になることは自覚している。
 で,その「感動」はステージ側に責任を帰してしまっていいものか。おまえらがダメだから,オレは「感動」できなかったぞ,という図式は成立するか。それとも,客席にいる自分が見つけに行くものか。
 じっとしていても郵便物のように届くものか。それとも,こちらが立ちあがって取りに行かなければならないものか。
 後者だろう。どんな演奏にも「感動」の種は潜んでいるものだと看做すことにしたい。小学生の鼓笛隊であっても,だ。
 今まで,その探索が充分だったかどうか。
 以上は今までの反省の弁であって,今回の演奏会とは直接の関係はない。

● Sinfonia Resonanzの演奏会は前回に続いて二度目。「ベートーヴェンの交響曲を全曲演奏するために結成された楽団」で,今回がその最終回(だと思う)。ぼくは前回の第5回を聴いたのが初めてで,残念なことにそれ以前は知らない。
 開演は午後1時半。チケットは1,000円。当日券を購入。

● 最終回の今回は,交響曲の1番と9番。指揮は小笠原吉秀さん。
 この楽団から感じるのは,カチッとしたマジメさ。若いアマチュアの俊才たちが,1枚の絵を完成させるために,個々のピースをていねいに組み合わせてきた,といった感じ。もちろん,こちらの勝手な想像だ。
 ただ,好きどおしで和気藹々と楽しくやってきましたというんじゃないでしょうね。求道者的マジメさを感じたんですけどね。

● 「第九」の冒頭,弦のトレモロに乗ってホルンが宇宙の開闢を告げる。神が最初の一撃を与えたのである。以後の展開はめまぐるしい。第1楽章が終わったところで,普通に交響曲をひとつ聴き終えた気分になる。心地良い疲れに満たされる。
 もういいやと思う。第1楽章が聴ければ気がすむ。
 ぼくはそれでいいとしても,演奏する方はそうはいかない。この先もベートーヴェン的執拗さに付き合っていかねばならない。

● 第2楽章も充分すぎる質量があって,これだけ聴いても,不足感は何もない。第3楽章の甘美さは何としたものだろう。透明で上品。天国の調べとはこういうものだろう。
 以上のすべてを否定して,第4楽章が歓喜のテーマを奏でるというんだけど,本当か。本当にそうなのか。いいのか,そういう解釈で。「おお,友よ,このような音ではない!」とは,そういうことなのか。

● 第4楽章に登場する歌い手たちは,古河範子さん(ソプラノ),堀田亜沙子さん(アルト),雨谷善之さん(テノール),高田智士さん(バリトン)。どうしたってソプラノが目立つわけだけど。
 合唱団は公募による。この合唱団のレベルが高かったのに一驚。合唱って数じゃない。
 声楽が入ると,ただちに荘厳が生まれる。厳かさがホールを支配する。声楽の不思議。宗教音楽が声楽中心なのは,充分すぎる理由があってのことだとわかる。

● 集中と緊張の管弦楽にソリストたちの熱演もあいまって,見事な「第九」ができあがった。
 終演後もしばらく立ちたくなかった。今年は年末の「第九」は行かなくていいかなとか思った。行くと思いますけどね。

● 久しぶりのみなとみらい。さすがに休日は人が多い。ウォーターフロント,東京のお台場もちょっと陰りが見えるようだし,ちょっとどうなのよなんて思ってたんだけど,栃木ではあり得ない人並みだ。
 でも,お金を持ってないと楽しめないよね,ここ。

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