2016年6月28日火曜日

2016.06.27 間奏49:音楽は窮地に墜ちた人を救うか

● 16日,19歳の息子がこの世を去った。ひとりっ子だった。気も狂わんばかりの悲しみとまでは言わないけれども,これほどの衝撃は長く生きていてもそうそうあるものではないと思われた。

● ここは息子の死について語るところではない。音楽は人を救うのかということを考えてみたいと思っただけだ。
 結論から言ってしまえば,音楽は人を救わない。こういうとき,音楽はまったく無力だった。
 対して,ここでも時間の威力というのははたいしたもので,初七日が過ぎると,少し楽になった。そして,今日から職場に復帰した。

● 警察署から電話があって,現地に急行し,搬送された病院で先生の話を聞き,葬儀屋に来てもらって遺体を自宅に持ち帰った。19日に荼毘に付した。
 この間,音楽を聴きたいなどとはチラッとでも思ったことはない。それどころではない。言うまでもあるまいが。

● 次々にスケジュールが決まっていく。こちらはそれに乗って(乗せられて),儀式のルーティンをこなしていくだけだ。
 これが悲しみに浸る暇を奪ってくれる。よくできているなと思う程度のゆとりはあった。
 が,音楽にすがりたいなどとはまったく思いもしなかった。そんな時間もない。

● 火葬まで終わって,集まってくれた人たちが帰っていき,夫婦ふたりになるとどうなるか。うまくしたもので,翌日は息子が搬送された病院での支払いや,入院していた病院の支払いと私物の持ち帰りなど,やらなければならないことはたくさんあった。
 以後も,公営霊園を見に行ったり,現場で花を手向けたり,清掃センターに粗大ゴミを搬入したりと,音楽を聴いている時間はないし,聴きたい気持ちにもならないのだった。

● で,そうこうしているうちに初七日が過ぎた。じわりじわりと時間効果が出るのが実感された。
 そうなってくると,音楽であれ,説法であれ,本であれ,その他の何であれ,これにすがりたいという対象は必要なくなる。時間の助けを借りたあとは,自分が自分を何とかする段階になるのだった。

● 結局,悲嘆の領域にいる時期は音楽が入りこむ余地はなく,そこから抜けでれば音楽に特別な効果を期待する気持ちじたいが消滅する。
 音楽はやはり精神的にも経済的にも日常的にも,ある程度の安定性が確保されなければ,その効用は発揮できないもののようだ。
 その効用というのは,人を窮地から掬いあげるような鋭角的なものではなくて,自力で這いでてきた人をあとからゆっくり励ますような,穏やかなものなのだろう。

● あの東日本大震災のときも,演奏家や音楽ボランティアの人たちが,音楽で被災地を応援しようとした。
 上に書いたようなことは,彼らにもわかっていたはずだと思う。わかっていながら自分たちに何ができるかといえばこれしかないと,状況を自分たちに引き寄せすぎた結論を出し,それを実行したのだろう。
 こういう言い方をしていいのかどうか,少々躊躇うところはあるのだけれども,おそらく,その行為は被災地の人たちにとっては迷惑であったろう。音楽で自分たちを救おうとする人たちへのボランティアのつもりで,被災地の人たちは音楽を聴いてあげたのではなかったか。

● あの状況で,被災者にボランティアを強いるというのは,無関心には劣らないとしても,無関心には劣らないというにとどまる。
 彼らはヴァイオリンやフルートを持って被災地に駆けつけるのではなく,軍手をはめて,スコップやツルハシを手にすべきだった。
 それができないのなら,希少だった交通経路を消費することは避けるべきだった。つまり,何もすべきではなかった。

● ただし,復旧にメドがたち,日常のルーティンが戻ってきて,時間の恩恵を受けて気持ちも前向きになり,生活が安定してくれば,音楽は一定の役割を果たすことができるだろう。
 つまり,被災地がひっくり返っていた当時ではなく,今こそヴァイオリンやフルートを持って被災地に駆けつけるべき時期なのではないか。

● ということを,ぼくが言ってはいけないんだけどね。自分の子どもも救えなかった人間がなに偉そうに語ってるんだ,ってことだな。
 でも語ってしまったよ。暴言多謝。

2016年6月13日月曜日

2016.06.12 栃木県交響楽団第101回定期演奏会-伊福部昭没後10年記念

栃木県総合文化センター メインホール

● 前回,第100回のアニバーサリー定演があって,今回は101回目の演奏会。開演は午後2時。チケットは1,200円(前売券)。
 しかし,内容的には今回のほうがとんがっている。伊福部昭特集だ。

● 北海道の釧路に生まれた伊福部が戦後,東京に出る途中,よんどころない事情で日光市久次良に居住した。日光に住んだのは1年足らずではなかったか。
 ではあっても,これは栃木県にはラッキーなことだった。こうして,日光ゆかりと称して,記念演奏会を催行できるのだからね。

● プログラムは次のとおり。指揮は伊福部さんの教え子でもある今井聡さんと,栃響の荻町修さん。
 管絃楽の為の音詩「寒帯林」
 舞踊音楽「プロメテの火」-第3景「火の歓喜」
 SF交響ファンタジー第1番
 ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ

● プログラム冊子と一緒に配られた「栃響だより」に,今井さんが「伊福部昭先生との思い出」と題するエッセイ(?)を寄せている。こうした具体的なエピソードを語ってもらうと取っつきやすくなるし,伊福部昭という人物が身近に感じられる。開演前に面白く読ませていただいた。
 ただし,具体的なエピソードをいくら重ねたところで,それだけでは焦点が合わない写真のようなものになってしまうのだろう。

● さらに,小林淳さんと永瀬博彦さんのプレトークも。いくつかの話題が出ていたけれども,最も印象に残ったのは,今日のソリストである山田令子さんの話。
 山田さんはピアノ科なので,作曲科の教授である伊福部さんのゼミを取ることはできない。そこで自ら動いて話をつけ,ゼミへの参加を認めてもらったという話。
 そこを山田さんご自身が語っているのがこちら。そこからひとつだけ引用しておこう。
 先生の言葉で印象的なのは「本当に良い味噌はミソ臭くない」 芸術ぶっているものは本当の芸術じゃないって事なんですよね。ゼミの時のメモを今でも見るのですが,とても役に立ちます。その時紹介された本なども今だに読みかえしています。
● 語るも愚かではあるけれども,伊福部についてぼくが知るところは,皆無に近い。過去に彼の曲を生で聴いたことは,あるにはあったと思うんだけど,記憶からは脱落している。ので,本格的に聴くのはこの演奏会をもって嚆矢とする。
 で,感想。すごい作曲家だと思った。力がこもっている。吹っ飛ばされる思いがした。ギュッと圧縮された高密度。圧倒的な作品の力。
 興奮冷めやらぬままに言うと,あのマーラーを凌ぐのじゃないかと感じる瞬間もあった。

● その作品を支える栃響の演奏もまた同じ。作品は演奏によって表現されるわけだから,作品と演奏は切り分けることができない。
 最近はやりの地産地消を支える哲学に身土不二の考え方があると思う。同じように,作品と演奏は不二であって,作品あっての演奏であり,演奏あっての作品だ。
 栃響の演奏には鬼気迫るものがあった。作品が栃響をインスパイアしたところもあったろう。作品と演奏が幸せな関係を取り結べた。そう思わせる演奏だったと,ぼくには思われた。

● 中でも,最後の「リトミカ・オスティナータ」が圧巻の迫力。あまり適切なたとえではないと思うが,指揮官が「押しだせーっ!」と号令すると,隊列を乱さず前へ前へと進む重騎兵隊を想像させるような演奏。
 荻町さんも渾身の指揮。

● ただ,やはりここは山田令子さんのピアノの貢献が大きかった。奏法のダイナミックさも絵として強烈な印象を残したけれど,乾坤一擲,この演奏に賭けてきたという気迫。
 多くの指揮者や演奏家と同じように,彼女も陽性の人のようだ。東京音大で伊福部さんのゼミに参加できたのも,彼女の行動力に由来するものだろう(思慮深さゆえではないと思う。思慮深さはこういうとき,抑制的に作用することになるだろうから)。ではその行動力はどこに淵源するかといえば,陽なる性格ではないか。

● こういう演奏を聴けば,よし伊福部昭をCDで聴きこんでみようと思う。ぼくが持っているCDはわずかだけれども,こういうご時世だ,まとめて入手するのはさほどに難事ではないだろう。
 今回の栃響の演奏も録音していたようだ。あとでCDになるんだろうか。そうならば,そのCDは必ず買う。

● が,4曲ともそうだけれど,生とCDとではだいぶ落差ができそうだな。録音でこの空気の振動をどこまでとらえることができるんだろうか。できるのか,今の技術なら。むしろ,ぼくの再生環境が問題か。
 CDを聴いて,今回の臨場感を脳内で再生できるかといえば,まるで自信はないけどね。

2016年6月7日火曜日

2016.06.06 間奏48:まだ見ぬ足利カンマーオーケスター

● 足利カンマーオーケスターという,アマチュアなのかプロなのかよくわからないんだけれども,気になる楽団が足利にできて数年が経つ。
 今年は7月1日に演奏会がある。7回目になるらしい。

● 平日の19時開演。行けなくはないと思う。が,わが家から電車で行くと,その日のうちに家に戻ることができなくなる。つまり,宇都宮から北に行く電車(つまり,黒磯行き)の最終に間に合わない。足利はけっこう遠いのだ。
 宇都宮まで自転車で行けば問題は解決するんだけどね。

● 足利からは,東武特急で浅草まで1時間だと聞く。両毛線と宇都宮線を乗り継いで宇都宮まで出ようと思ったら,1時間ではとてもすむまい。
 つまり,足利からは宇都宮よりも東京が近いのだ。いわんや,前橋はもっと近い。

● ということになれば,足利は栃木でも群馬でもなく,どこにも属さない独立不羈の「足利市」であるという趣をたたえることになるか。
 左の新聞記事は5月23日の下野新聞のもの。この記事の中で,佐渡さんは「この町には学びたいという文化が残っている」と言っている。本当にそうなのだすれば,それは足利が栃木と群馬の境界線上に位置することと無関係ではないだろう。

● ともあれ。足利カンマーオーケスター,一度は聴いてみたいと思っている。チケットも2,000円とかなり手頃。足利までの電車賃が2,600円かかるんだけど。

2016年6月6日月曜日

2016.06.04 那須室内合奏団第8回演奏会

那須野が原ハーモニーホール 交流ホール

● 過去には山下洋輔さんや小林研一郎さんを迎えて,華やかにやっていた。前回から自分たちだけの演奏会になった。今回もそうだ。
 開演は午後2時。入場無料。

● 場所は交流ホール。パイプ椅子を並べて席を作る。こぢんまりとした感じ。ということはつまり,奏者と聴き手との間の距離が短くなる。
 一体感が生まれやすい。聴き手が自分も参加しているという実感を得やすくなる。

● プログラムは次のとおり。
 テレマン リラ組曲
 ヴィヴァルディ 合奏協奏曲「四季」より「春」
 ヘンデル 合奏協奏曲集6の7
 モーツァルト 交響曲第25番より第1楽章
 ピアソラ エスクアロ(鮫) オブリビオン(忘却) リベルタンゴ
 前半はバロックで,後半はモーツァルトをはさんでピアソラというくっきりした対比。

● 音楽監督を務めている白井英治さんの解説によれば,テレマンは3,000ほどの曲を作ったらしい。この時期の作曲家はみな多作だ。
 その代わり,現在まで残っている曲は多くはない。価値がないから残らなかったというのではなく,散逸しやすかったのだろう。バッハのマタイ受難曲だって,初演のあと,メンデルスゾーンが再発見するまでは埋もれてしまっていたわけだから。

● ともかく。リラ組曲を聴きましたよ,と。バロックを本腰入れて聴かないといけないなぁと思うことになる。ライヴを聴くたびに思うことだ。
 が,おそらく,バロックだけをずっと聴き続けるのは,ちょっとした苦行になってしまいそうだ。バロックも聴くというふうでいい。ポートフォリオの中にバロックも組み込むようにするといいんだろうな。

● リラ組曲はCDを持っていたかどうか。以前はCDを持っていない曲をライヴで聴くと,すぐさまCDを探して手に入れてきたものだが(そうでもなかったか),最近はどうも弛んでいる。
 CDを聴く時間も以前よりだいぶ減ってしまっているし。

● 奏者との距離がこれくらい近いと,そうしたことも含めて,いろんなことを次から次へと考える。刺激が大きくなるからだろう。
 これくらいの演奏会っていいなぁ。大ホールで聴くのもそれはそれでいいんだけど。

● ピアソラから感じるものは,生きることの哀しみのようなもの。ピアソラっていうよりタンゴがそうなんだろうけど。
 タンゴの踊りは相当にセクシーで,けっこう際どい動きもあるんじゃないかと思うんだけど,それも生きるって哀しいねっていうのがあって,束の間,それを下敷きにしてカーニバルに興じるっていう,そういう機序なのかなと思ってみたりする(たぶん,違うと思うんだけどね)。

● ただ,その哀しみを強調するんじゃなくて,いったんぐっと抑えて,さらっと差しだしたという感じ。抑制を利かせているのがピアソラの身上のように思う。
 であるから,長く残るのだろう。ピアソラも本腰入れて聴かなきゃなと思って,会場を後にした。

● ところで,白井さんの解説によると,譜面を見るとウワッと思うほど難しいのに,聴いているとそうは聞こえないのが「エスクアロ(鮫)」だ。
 なるほど,そういうことはしばしばあるに違いない。要するに,ファインプレーはわかりにくい。ファインプレーをファインプレーとわかる人は,聴き手として相当なレベル。あるいは,自身もかなりのプレーヤーなのだろう。