2016年4月30日土曜日

2015.04.30 横浜フィルハーモニー管弦楽団 第75回定期演奏会

横浜みなとみらいホール 大ホール

● 開演は18時30分。チケットは1,000円。当日券を購入。
 どうでもいいといえばどうでもいいことなんだけど,開演は18時だと勘違いしていた。この30分の違いは大きい。何となれば,今日中に家に辿りつけるかどうかに関わってくるからだ。
 ぼくは新幹線を使わない(使えない)タイプなのだ。在来線で今日中に家に戻るためには,横浜発20:20の黒磯行きに乗らなければならない。
 18時開演ならギリギリ間に合うかもしれない。18時30分だと完全にアウトだ。

● で,アウトであることを覚悟した。どうするかといえば,まずは宇都宮まで戻って,宇都宮でカプセルホテルに泊まる。
 健康ランドもあるんだけど,カプセルとはいえ個室のほうがよく眠れるだろう。ネットカフェに行くには少々長い距離を歩かなければならない。歩いたところで寝れるタイプのソファ(?)が空いているとは限らない。
 ま,どうでもいいことではある。

● プログラムは次のとおり。指揮は伊藤翔さん。
 スメタナ 連作交響詩「我が祖国」より「高い城」「モルダウ」
 ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」

● 座席は全席指定。どの席でも一律1,000円というわけだ。ぼくに割りあてられた席は2階右翼の2列目。S,A,B,C,Dとあれば,ぼくの席はC席に該当するだろうか。2列目なので,ステージの右側が一部,視界から消えてしまう。
 おまけにななめ右前にタッパのある男性がいたので,指揮者も見えなくなってしまう。
 自由席にしてもらって,席は先着順というのがいいんだけど,まぁ,これは仕方がないね。主催者のやり方にしたがう以外にない。

● 久しぶりにブルックナーを聴くことができると思って,ここまで来た。その前にスメタナの「高い城」と「モルダウ」。
 フッフッフ。笑みが浮かんできた。なぜかと言えば,めっちゃ巧かったから。得したって感じだね。
 このレベルのアマオケって,首都圏にはけっこうな数,あるようだ。ぼくもいくつかは知っているけれど。

● コンマスが交替して,ブルックナー。
 弦のトレモロ。これを原始の霧だと言われれば,じつにそのように思えてくる。その原始の霧を切り裂くように,ホルンが何事かの誕生(あるいは発生)を告げる。その何事かはどうも重要な何かであるらしい。原始の混沌から秩序が生まれたようでもある。
 その何かが,どんどん大きくなっていく。大きくなってうねり踊る。ときに静まる。そしてまたうねる。

● この曲からぼくがイメージするのはそんなところだ。要するに,まともな聴き方はできていないのだろう。
 一方で,まともな聴き方なんてものがあるのかとも思っている。聴き方なんてどこまで行っても自己流じゃないか,と。ならば,居直って自己流に徹してはどうか。

● しかし,こうしたイメージはCDを聴いているときにはあまりぼくの脳内を占拠しない。幼稚なイメージであっても,ライヴのほうがよりダイナミックに動いてくれる(ような気がする)。
 そんなことを考えながら,特にコンミスから目を離せなかった。動きの美しさってやつだね。魅せてくれた。

● 演奏を聴いたあと,誰かと感想を語り合いたいと思ったことはない。こうしてブログで言いたいことを言っている。それだけでよい。
 ただし,ひとりで静かにかみしめたいと思うことはある。どこか静かな場所で。ここは横浜だ。それに相応しい場所はいくらでもあるだろう。みなとみらい地区だけで立派なホテルが3つもあるのだ。そのどれかで,生ハムと赤ワインを1杯。今聴いたばかりのブルックナーの演奏を最初から思いだすように反芻する。

● が,あわただしく宇都宮に向かうことにする。そこまでのゆとり(経済的な)はない。残念ながら。いや,じつに残念なんだけど。

2016.04.30 東京管弦楽倶楽部 第32回定期演奏会

川口リリア 音楽ホール

● 東京管弦楽倶楽部の演奏会は初めて。開演は午後2時。チケットは1,000円。

● 曲目は次のとおり。指揮は冨平恭平さん。
 モーツアルト 交響曲第26番
 ハイドン 交響曲第92番「オックスフォード」
 ベートーヴェン 交響曲第7番

● ベートーヴェンの7番は,今月に入って3回目。こういうことって,わりと起こりますね。確率は偏るのを常とする。
 一方,モーツァルトは意外に演奏を聴く機会が少ない。ハイドンはさらに少ない。ハイドンのこの曲を生で聴くのは初めてだ。いや,CDも持ってはいるけど,聴いたことはなかったか。

● 演奏はオーソドックスなもの。正統派。もっとも,この3曲を演奏するのに,正統派以外のやり方が成立するのかどうかは知らない。

● リリアには2,000名収容のメインホールがある。音楽ホールは小ホール的な位置づけになるんだろうか。
 その音楽ホールに入ったのは初めてではない。初めてではないけれども,このホールの素晴らしさをあらためて噛みしめた。理想型ではあるまいか。
 栃木県にも那須野が原ハーモニーホールの小ホール,岩舟のコスモスホールがあるけれども,ここに比べると,少しく存在がかすんでしまう。

● このほかにも,与野に彩の国さいたま芸術劇場があり,所沢に市民文化センター ミューズがある。人口の稠密さを考えれば,不思議はないか。埼玉は首都圏だ。

● 時間を作って歩いてみたいと思う街がいくつかある。川口もそのひとつだ。キューポラと風俗っていうイメージがひとり歩きしている感がなくもないけれど,これだけの街なんだから,それだけのはずがない。
 リリアの反対側(東口)の雑踏には惹かれるものがある。人工の都市計画があまり入っていないように思えるところがいい。区画整理ありきでできた街は,すぐに飽きてしまう。

2016.04.29 教会で聴く 音楽の捧げもの J.S.バッハとサンスーシ宮殿の音楽家達

カトリック松が峰教会 2階聖堂

● 「DUO SAKITANI FLUTE CONCERTO Vol.10」とある。こちらが正式な名称になるのかもしれない。DUO SAKITANIというのは,崎谷直さんと崎谷美知恵さんのこと。夫婦なのだろう。
 メンバーは,ほかに,渡邊弘子さん(ヴァイオリン),玉川克さん(チェロ),平山亜古さん(チェンバロ)。

● 開演は午後4時。チケットは3,000円。
 プログラムは次のとおり。
 クワンツ トリオソナタ ハ長調
 キルンベルガー フルートソナタ ト短調
 C.P.Eバッハ トリオソナタ ニ短調
 フリードリッヒ大王 フルートソナタ ニ短調
 J.S.バッハ 「音楽の捧げもの」より

● クワンツのトリオソナタは,DUO SAKITANIのフルートとチェロ。あと,チェンバロ。キルンベルガーのソナタは,崎谷直さんのフルート(とチェンバロ)。
 C.P.Eバッハのトリオソナタは,崎谷美知恵さんのフルートと,ヴァイオリン,チェロ(とチェンバロ)。フリードリッヒ大王のソナタは,崎谷直さんのフルート(とチェンバロ)。

● この時代,宮廷に集っていた貴族たちっていうのは,相当に繊細な感覚を備えていたんだろうな。微差を楽しむゆとりというかマニアックさというか。
 つまり,ぼくが聴くと,どれも同じに聞こえてしまうのでね。つまり,今のぼくが当時の宮廷に紛れこんだとしても,宮廷の雰囲気についていけず,いわれなき反発を覚えるに違いない。
 なんだ,こいつら,どっちでもいいようなことに口角泡を飛ばしやがって,とか思ってしまうんだろうなぁ。

● 最後は「音楽の捧げもの」。これが聴きたくてチケットを買った。
 演奏したのは「3声のリチェルカーレ」「無窮カノン」「逆行カノン」「反行カノン」「5度のフーガ・カノニカ」「4声のカノン」。そして「トリオソナタ」。
 と書きながら,われながらバカなことを書いているなぁと思う。そんなのはどうでもいいので,要はどう聴いたかということだ。
 これがどうもおぼつかない。CDを聴いて勉強し直さないといけないな。

● 1曲ごとに崎谷さんの解説が入った。演奏よりも長い解説。可能であれば,こういうものはプログラムノートに回していただいたほうがありがたい。
 曲と曲の間が空きすぎて,せっかく演奏で高まった熱が冷めてしまう。もう一度火入れをするのは,けっこう大変だ。

● 客席との一体感を高めたいと思われたのかもしれないし,ずっとこの方式でやってきて,お客さんから好評だったのかもしれないんだけどね。
 ぼく一個は,演奏以外のものはないほうがいいと思っている。オーケストラの演奏で,指揮者がプレトークをやるようになったのはいつからか。要らないぞ。

● どうしてもというのであっても,情報量をまったく落とさずにこの半分の時間に圧縮することができるのじゃないか。たとえ解説であっても,冗長は親の仇である。
 というわけなので,今回の演奏で最も印象に残ったのは,最後の「トリオソナタ」だ。10数分間,解説が入らないままで聴くことができたからだ。

● 松が峰教会は建築物として見ると,相応の芸術的価値を有するものだと思う。が,音楽を聴く環境としてはあまりよろしくない。
 まず,木のベンチが固くて,長く座っているのは辛い。中央部の何本かの柱が視界をさえぎる。
 聖堂といっても敬虔の気に満ちているわけではない。聖堂内の様子を最も的確に表現する単語は“キッチュ”ではあるまいか。
 つまり,教会で演奏することにこだわることはないんじゃないかってことなんだけど,大きなお世話であろうな。

2016年4月28日木曜日

2016.04.23 関東学院中学校高等学校オーケストラ部 第9回定期演奏会

横浜みなとみらいホール 大ホール

● 関東学院中学校高等学校オーケストラ部の演奏会。開演は午後6時。入場無料。
 中高生が持っている可塑性の高さ,何者にでもなりうる可能性。そういうものを小気味いいほど思い知らせてくれる演奏会だった。

● プログラムは次のとおり。指揮は繁下拓也氏(顧問の先生)。
 スッぺ 軽騎兵序曲
 ホルスト セントポール組曲
 レスピーギ ローマの松
 ジョン・ウィリアムズ メドレー
 ドヴォルザーク 交響曲第6番

● あきれるほど盛りだくさん。しかも,「ローマの松」のような大編成の曲が含まれている。
 ドヴォルザークは9番でも8番でもなく,6番。この曲を生で聴くのはこれが初めて。かつ,最後になるのではないかと思う。CDでも聴いたことがない。

● 中高生の管弦楽を聴いた経験はさほどにない。栃木県内では,鹿沼東中鹿沼西中鹿沼高校宇都宮高校,宇都宮女子高校。県外では開成中学校・高校。以上ですべて。
 いずれも,記憶に残る演奏を聴かせてもらっている。が,今回の関東学院の演奏はプログラムの質量においても演奏時間においても,これまでになかったもの。
 まず,「軽騎兵序曲」で驚いた。本格的だったから。

● 弦だけによる「セントポール組曲」。指揮者なしの合奏。指揮者なしでやれることにはべつに驚かないけど,この水準で演奏できることには驚く。
 開演前に中2生によるプレ演奏があった。その際に,繁下先生が,中学校に入学してから楽器を始めた人は手をあげて,と促したところ,かなりの数の生徒が手をあげた。
 が,小学生の頃から始めている生徒も一定割合はいるわけで,数は少なくとも,彼らがいるといないとでは,全体への影響がかなり違うのかもしれない。

● これが1年2年と経つうちに,入学後に始めた生徒の中から,彼らに追いつき追い越す子が出てくるのだろう。
 今回の演奏でもオズオズと弓を動かしている生徒がいる。入部したばかりの新入生だろう。その彼や彼女が1年後にはどうなっているか。先輩たちのように,腕だけではなく身体をいっぱいに使った攻めの演奏ができるようになっているのだろうな。

● 「ローマの松」はピアノ,チェレスタ,ハープ,オルガンも使われる。OB・OGのほかに,賛助出演も仰いだようだった。当然でしょうね。
 中高生がこの曲を演奏するということに驚くわけだが,仕上がりの素晴らしさは,大人のオーケストラに何ら引けを取らない。

● 以上が第1部。15分間の休憩のあと,第2部。ジョン・ウィリアムス メドレー。映画音楽。
 この分野はまったく疎いんだけど,「スター・ウォーズ」や「ハリーの不思議な世界」などだった(と思う)。気持ちよく演奏していたようだ。

● 演奏の前に,ちょっとした寸劇が入った。繁下先生を揶揄しつつ,でもやっぱり先生の指導がいいねという着地点。途中から,繁下さんも重要なキャラクター(?)として登場。
 指揮の最中も目いっぱいの笑顔で生徒たちを見ながら,うまく乗せているふうだった。が,笑顔だけではここまでのレベルに引っぱってこられるはずもない。叱りつける場面も多々あるのだろう。

● 第3部はドヴォルザークの第6番。繁下さん,ここでは燕尾服で登場。これだけの演奏をする奏者を指揮するのだ。燕尾服で違和感はない。
 この曲を選んだのは生徒たちだったらしい。プログラムノートの曲目解説では,ブラームスの影響について言及している。ブラームスの2番との類似性など。
 この解説も生徒が書いているようなんだけど,どうせなら巷で演奏されないやつをやろうぜ,というそれだけで選んだわけでもないようだ。

● この演奏会をもって,高3生は部活を引退するらしい。だいぶ早いんだね,引退の時期が。中1からだから,実質5年。このあとは受験勉強に専念?
 いや,丸5年やってれば早くはないか。中高一貫校でなければ,引退が二度ある。中3の後半と高3の後半。それに比べれば,連続で5年やれるんだから,活動期間は実質的に長くなるな。
 こういうところも中高一貫校のメリットですかねぇ(授業だって,中高が分かれていることから発生しているムダを除けば,5年で中高6年分の教育を施すことは充分に可能だろう)。

● その引退セレモニーもステージ上で行われた。高校生がやることだから,気持ちがこもっている。
 自己陶酔がやや勝ってしまうのは仕方がない。若いとはそういうことだ。陶酔が許されるだけの質量を伴う時間を過ごしてきてもいるのだろうし。

● 利発そうな生徒たちだ。彼ら彼女らの10年後,20年後を想像することはいささか以上に難しいけれども,よほどのことがなければ,それぞれが選んだ進路の途上で立派に役割を果たしているのだろう。
 ただ,よほどのことが起きてしまうのが人生というものなんだなぁ。まさかという坂がたしかにあるんだよ。

● ホールを出たときは午後9時になっていた。これから電車に乗って帰るんだけど,今日中に家に帰り着くのは無理な時間だ。
 が,こういう演奏を聴ければ,まいっか。

● 熊本地震の募金活動も行われていた。おかげで,ぼくもやっと募金に応じることができた。
 本当は募金よりも,この黄金週間に熊本に行って,お金を使ってくるのがいいんだと思うんだけども,それはできないので,些少だけれどもまず募金から。

2016年4月27日水曜日

2016.04.23 東京農業大学農友会管弦楽団 第105回定期演奏会

パルテノン多摩 大ホール

● 立川から多摩モノレールに乗った。多摩モノレールに乗るのは久しぶり。子どもが小さかった頃は,多摩動物公園に連れて行ったり,モノレールに乗るためにモノレールに乗って多摩センターまで往復したりしたものだったが。
 久しぶりに乗るモノレール,ずいぶん遅いなぁ。直角に近いカーブがあったりするから,そうそうスピードは出せないんだけど,ひょっとして“ゆりかもめ”より遅くない?

● 終点の多摩センターに到着。人工的に街が作られてからずいぶん年月が経つと思うんだけど,街としてのしっくり感はなかなか出てこない。同じことは筑波学園都市に行っても感じる。
 開放的なんだけど,妙に軽い。スーパーもデパートも銀行も食事処も揃っている。ホテルもある。これから行くんだけれど,立派な音楽ホールもある。生活に必要なものはすべてある。文化施設もある。
 それらが狭いエリアにギュッと圧縮されて存在する。このエリアに籠もったまま生きていける。なんだけど,それはしたくないと思わせる何かがある。

● さて,東京農業大学農友会管弦楽団の演奏会。初めて聴く。
 開演は午後2時。入場料は600円。当日券を購入。指揮は内藤佳有さん。曲目は次のとおり。
 シベリウス 交響詩「フィンランディア」
 シベリウス カレリア組曲
 ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調

● 内藤さんの指揮を見るのは,たぶん,これが二度目だと思う。この大学にはOBOG管弦楽団もあって,2012年7月に行われたその演奏会でも内藤さんが指揮をしていた。
 ひじょうにユニークというか力強い経歴の持ち主。それについては,彼の出身高校である筑波大学附属駒場中学校・高校の同窓会(若葉会)に載っている記事が詳しくて面白い。

● ベートーヴェンの5番。「暗から明へ」と言われる。あるいは,苦悩を通して歓喜に到る,と。
 こう言われると,この曲に対してはそれ以外の聴き方ができなくなる。第4楽章の弾けるような,何か吹っ切れたような,あの始まり方は歓喜に到った瞬間か。
 が,第1楽章も第2楽章も「暗」かと言われれば,どうもそうでもない。

● 第4楽章まで出番のない,トロンボーン陣は第3楽章の途中で入場。
 弦-木管-金管-打楽器という順ではなく,弦が中央に陣取り(最後列にコントラバス),両翼に管を配するという陣容だったので,途中からの入場でも動線は短く抑えられていた。

● その5番,重厚でダイナミックな曲であるわけだけれども,その重厚さやダイナミックな動きが充分に表現されていて,第1楽章の出だしから終曲まで一気呵成に駆け抜けたという感じ。
 この曲は,何といっても第1楽章の出だしで印象が決まってしまう。その初発がピタッと決まった。ここが決まれば,聴く側に期待を持たせる。その期待を裏切らず,歓喜のうちに終演。何本かのブラボーが飛んだ。

● アンコールは「カレリア」序曲。
 地味ながら真面目な楽団で,大学オケの中で一定の位置を占めているのだろう。こういうオケが東京にはたくさんありますなぁ。
 ぼくは地元(栃木)に沈潜して,栃木県内で開催される管弦楽や室内楽などをできるだけ小まめに追っていきたいと思っているのだけども,案に相違して,だんだん東京にでかける頻度が高まっている。

2016年4月25日月曜日

2016.04.21 パトリック・ガロワ&栗田智水 フルート・デュオリサイタル

栃木県総合文化センター サブホール

● 開演は午後7時。チケットは3,500円。当日券だと500円増しになるので,前売券を買っておいた。

● 演奏曲は次のとおり。
 ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲(ガロワ)
 エネスコ カンタービレとプレスト(栗田)
 ピエルネ ソナタ(ガロワ)

 ゴーベール ソナタ第2番(ガロワ)
 フォーレ シシリエンヌ(ガロワ)
 クーラウ フルート・トリオ(ガロワ,栗田,瀬尾和紀)
 ベーム メンデルスゾーンとラハナーによる3つの二重奏曲(ガロワ,栗田)
 ドップラー デュエッティーノ・アメリカン(ガロワ,栗田)

● このうち,3人で演奏したフルート・トリオはプログラムになかったもの。昨日,やることに決めたものだそうだ。
 栗田さんも瀬尾さんもガロワ氏の弟子というか教え子(瀬尾さんはそうじゃないかもしれない)。その瀬尾さんがピアノ伴奏に回った。唯一,プログラム外のこの曲で,フルートを披露。

● ともあれ,「夢の師弟共演!フルート界の至宝パトリック・ガロワの宇都宮公演が16年ぶりに実現!」ということだ。
 瀬尾さんがガロワ氏についてプログラム冊子に文章を寄せている。「かつての貴公子然とした出で立ちしかご存知ない方だと,現在の写真の風貌からはこれが今のガロワだと想像つかなかった方も多くいらっしゃったかもしれません」とある。
 還暦になるらしい。が,現在の彼の風貌から若き貴公子を想像することは,さほどに難事ではないように思う。

● ガロワ氏が使っているのは木管フルート。木製のフルートは音色が尺八に近いように思われた。
 いやいや,尺八とはまるで違うんだけれども,彼のオールバックの髪型が日本の剣豪を連想させるものだから,つい尺八を持ちだしてしまった。
 昔,漫画かイラストで見た塚原卜伝がこんな風貌だったような。

● ドビュッシーから始めるのはひじょうによくわかる。ぼくの鈍い耳では,この時点ではあまりピンと来なかった。
 彼のすごさの片鱗をぼくが知覚できるようになったのは,後半に入ってから。後半はエンタテインメント性が高い曲が並んだように思えた。たぶん,それでわかったぞと錯覚できたのかもしれないんだけどね。

● 音の粒子が細かい。これだけ微細だと,いかようにでも成形あるいは造形することができそうだ。曲ひとつを自分の掌で転がして自分好みに仕立てるという芸当も可能ではないか。
 作曲家に縛られる度合が少なくなるような。君がこの曲のこの部分をこう作ったのは,こういう理由によるんだろうな,でもぼくはちょっとひねって別の色にしてみるよ,というようなこと。

● 余裕綽々感がある。デュオやトリオのときも,共演者をよく見ていて,退くときには退くし,出るときには出る。
 あるいは,わざとタイミングを8分の1拍くらいずらしてみたり,けっこう遊んでいたようでもある。
 基本,曲に負けていない。曲の前に膝を屈する感がない。作曲家と自分は対等であると自然に思っている(ように見えた)。

● 瀬尾さんもまじえて3人で演奏した曲は,クーラウのトリオだと上に書いた。が,違うかもしれない。栗田さんがそう言っていたと記憶しているので,その記憶にしたがった。が,聞き違いってこともあるしね。
 クーラウのトリオっていくつもあるんでしょ。その中のどれなのか,ぼくには全然わからない。
 今回のプログラムもフルート吹きには馴染みのある曲なんだろうけど,ぼくには初めて目にする曲ばかりだ。

● 冒頭,栗田さんが登場して挨拶した。自身の妊娠についての話がわりと長かったかな。8ヶ月だそうだ。
 女は弱し,されど母は強し。誰なんだ,そんなことを言ったやつは。女は強い。この日の栗田さんを見て,そう思った。身体の構造がそうなっているのだろうな。柔らかいがゆえに強い。あるいは,脳が強固にできているようにも思える。
 男が女に勝るのは,瞬発力(短距離競技)くらいのものではないか。あるいは,ごく短時間,深い集中に入ること。それくらいのものだろうよ。

● その強い女が母になったらどうなるのか。猛獣になるんだな。これは栗田さんのことではなくて,ぼくの身近にいるとある女性を見ての,ぼくなりの結論なんだけどね。
 ただし,ぼくらは猛獣に育てられているんだよね。一頭の猛獣にミルクを飲ませてもらって,オシメを替えてもらって,大きくなったんだよ。
 ぼくらは,絶対,猛獣に勝てない。どうすればいいんだろうか。

2016年4月20日水曜日

2016.04.16 PROJECT Bオーケストラ第4回演奏会(PROJECT B 2016)

第一生命ホール

● 会場の第一生命ホールに行くのはこれが2回目。前回は地下鉄大江戸線を使った。
 今回は有楽町から晴海通りを歩くことにした。銀座,築地を通って,隅田川を渡って月島に入る。
 散歩にちょうどいい距離だし,歩いて面白いエリアだと思われた。だいたい,ぼくは築地には行ったことがない。
 で,予想どおり小さい旅を楽しむことができた。

● 開演は午後2時。入場料は1,000円。当日券を購入。

● プログラムはオール・ベートーヴェン。
  歌劇「フィデリオ」序曲
  交響曲第7番 イ長調
  ピアノ協奏曲第4番 ト長調
 この楽団の名前のBはBeethovenのことだろう。ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏することをミッションとして設立したらしいから。
 プログラムに入る前に,バッハの“G線上のアリア”を演奏した。熊本を中心とする地震で亡くなられた方々への鎮魂。

● 演奏順も上記のとおり。最後にピアノ協奏曲。
 指揮者は畑農敏哉さん。この楽団を立ちあげた中心人物で,その経緯は畑農さんの著者『アマチュアオーケストラに乾杯! 素顔の休日音楽家たち』に詳しく解説されている。

● ベートーヴェンの7番は2週間前に聴いたばかり。重なるときは重なるもので,サイコロの目と同じだ。確率は均等に散らばるものではないね。
 こういうベト7を聴くと,ワーグナーが「舞踏の聖化」と評したのも頷ける気になる。ワーグナーに対して頷くっていうと,いかなる了見かって問いつめられてしまうけれども,ここは言葉の綾なのであしからず。

● 客席に届いてくる音の重なり,連なりが気品をまとっている(と感じた)。気品という表現でいいと思う。
 演奏に限るまいが,直接それを求めると逃げていくのが気品というものだ。結果においてそこにある。それ以外のあり方はない。

● 結果において気品を生んだ理由は何か。オーボエとフルートの健闘は当然として,縦の線がピタッと揃っていたことが大きい。
 揃う度合には幅がある。揃っているといっても,その態様は一様ではない。この楽団の演奏においては,1ミリのズレもなくピタッと揃っている。

● ところで。ティンパニの音は聞こえてくるのに奏者がいない。どうなっているのだ,舞台に載りきらずに袖のほうで叩いているのか,としばらく落ち着かない思いでいた。
 非常に単純な理由なのだった。ぼくの席からだと,指揮者に隠れて見えなかっただけなんでした。ティンパニが隠れるってあまりないことなんで,その可能性に気づくのに少し時間を要してしまった。

● 7番を聴いて,すっかり満足した。これで終わりでもいいと思った。しかし,この楽団としては,次がメインの演しものということになるのだろう。
 ソリストは田中良茂さん。今回に限らず,ずっとコンビを組んでいるようだ。

● ピアノ協奏曲に関しては,3番と5番には少しは馴染んだつもりでいるけれども,4番を生で聴くのは初めてだ。CDを何度か聴いているにすぎない。
 管弦楽ではなくピアノが曲の始まりを告げる。どことなく控えめに。

● 地味といっていいんだろうか。でも,そんな言葉,ベートーヴェンにあるんだろうか。
 静かといったらどうか。2楽章は特にそうだけど,静かなだけではない。3楽章は気持ちよくうねる。

● こうしてライヴを聴くと,困るなと思うことがある。聴きたい曲,聴くべき曲がどんどん増えてしまうことだ。
 多くの人は一生かかっても聴ききれないほどのCDを持っていると思う。その中でオレを聴いてよ,ボクも聴いてよ,と,CDの山から自己主張しだすのがどんどん増えていく。
 かといって,もう聴き飽きたからいいやっていう曲は出ない。入るは増え,出るはない。溜まる一方だ。貯金ならそれで何の問題もないわけだけど。

2016年4月9日土曜日

2016.04.03 第7回宇女高OGオーケストラ演奏会

栃木県教育会館 大ホール

● 5年前の第5回を聴いて以来,今回が2回目。つまり,開催は不定期のようだ。5年前はOGの岡静代さんをソリストに招いて,モーツァルトのクラリネット協奏曲。メインは大井剛史さんの指揮でブラームスの1番だった。

● 今回は,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ソリストはやはりOGの大島浩美さん。メインはベートーヴェンの7番。指揮は小森康弘さん。
 開演は午後2時。チケットは1,000円。当日券を購入。

● 前回もそうだったけれど,まず校歌を演奏する。指揮者が客席を向いて,さぁ皆さんも歌ってください,と煽る(?)。同窓会的な行事として位置づけているのだろうね。
 実際,お客さんの大部分は宇女高の同窓生とその配偶者,家族のようだった。あるいは,元教師。校歌もかなりの人が歌っていた。

● となると,どうしても客席の水準に問題が生じる。個々のお客さんの資質がどうのこうのということではなくて,そういう状況が自ずとできてしまう。
 たとえば,乳幼児を連れてきてしまう。女子高の同窓会なのだとすれば,この状況はわりとわかりやすい。それを許容する土壌も自然にできる。

● のだが,演奏中に乳幼児の泣き声が聞こえるというのは,音楽を聴く環境としては最低であって,これより下はない(ケータイの着信音が鳴ってくれたほうがまだいい)。
 泣く子を連れて外に出るんだけど,泣きやむと戻ってきてしまうっていうね。だから,同じことが無限ループで繰り返される。
 というわけで,かなり過酷な環境で聴くことになった。これはしかし,所与の前提としなければならないものだろう。

● その代わりというか,ステージで演奏している奏者は,いたってリラックスしているふうだった。演奏中に笑みがこぼれたり。
 もっと真面目にやれ,とはぜんぜん思わない。これはひとつの理想型でもある(と思う)。

● フルートには栗田智水さんが,オーボエには山本楓さんがいる。ほかにも,コンミスをはじめ,とんでもない水準の奏者がいたはずだと思う。このあたりは宇女高の面目躍如。勉強ができるだけじゃないのだ。
 一方で,普通の人もいる。当然だ。このばらつきが,何というのか,アマオケの演奏を聴くときの面白さでもある。

● まして,このOGオーケストラは常設ではないのだからね。その都度集まって,終わったら解散。練習の時間だってそんなにはとれないだろう。
 それでもここまでやれる。多少の乱れはいくつかあった。が,疵というほどではない。偉そうな言い方で申しわけないけれど。

● ベト7は気持ちゆっくりめだったようだ。フルートもオーボエも1番は,栗田さん,山本さんではなく,別の人。
 それでも主役パートをピシッとこなす奏者がちゃんといるわけだよね。

● 宇女高オーケストラ部の水準の高さについては,直接感じる機会があった。その現役生が何人か出ていたようだ。勉強になったはずだと思う。