2010年12月31日金曜日

2010.12.20 間奏16:地元に沈潜したい


● 東京まで聴きにいくことが,来年以降は大きく減るのじゃないかと思う。地元に来てくれるのを聴きに行くといった感じになるのじゃないかと思っている。

● 今年は11月末で聴いたコンサートの数は59になる。出かけた日数を数えると,年末で47日になる予定。これほどのバブルは今年だけで,来年以降はちょっと落ち着きそうな予感。コンサート数で半減,日数で3分の2ほどになるかなぁ。
 ひと頃のようにしばらくライブを聴かないと禁断症状が出るような状態ではなくなった。音楽熱じたいが落ち着いてきた感じ。ゆっくりとつきあっていければいいと思う。この2年間は憑かれたようにという感じだったけれども,その状態は卒業しそうだ。

● というわけで,来年は静かにひっそりと地元で開催される演奏会だけを聴いていくつもりだけど,ありがたいニュースがふたつ。
 ひとつは県内(宇都宮市)に新たなアマチュアオーケストラが設立されたらしいこと。マロニエ交響楽団という名前で,すでホームページも立ちあげている。来年10月に設立記念コンサートが予定されている。
 もうひとつは,宇大管弦楽団のOB・OGの楽団を立ちあげるというニュース。こちらはまだ未確定の部分があるようなのだが,再来年の5月に設立演奏会を開催したいとしている。
 地元が賑やかになるのは歓迎だ。地元に沈潜できる環境がより整うということだから。

● と言ったあとで何なんだけども,25日は東大音楽部管弦楽団の90周年記念演奏会が昭和女子大の人見記念会館で行われた。設立90周年の記念コンサートで,現役とOB・OGが演奏する。曲目もベートーベンの5番にブラームスの1番。ほかに,ワーグナーの「ニュルンベルグのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲」とブラームス「大学祝典序曲」という,ボリュームたっぷりの演奏会。
 この演奏会が開催されることは,7月につくばで聴いた同楽団のサマーコンサートのプログラムに告知されていた。ずっと楽しみにしていて,何度もネットをチェックして,チケット(千円)も発売開始早々に入手していた。

● のだが。1週間前に義父が脳梗塞で倒れ(幸いにして軽症),入院した。ヨメが実家の義母を訪ねることが増えた。25日もヨメを乗せてヨメの実家に行った。
 けっこうバタバタしている。ひとりで東京に行かせてくれとは言えない感じ。もし行けば,一生,文句を言われそうだ。
 結局,千円は流してしまうことにした。

● 27日は東大フォイヤーヴェルク管弦楽団の定期演奏会。こちらは賛助会員になっているので,指定席券を送ってくれていた。のだが,こちらも聴きに行けない。
 レベルが高く,ビジュアル的にも見栄えのする楽団なので,こちらもけっこう残念感が高い。が,ぼく一個の都合より家族優先になる。

● ところで,今年はショパンの生誕200年で,業界ではショパンを集客のタネにしようと目論んでいたと思うんだけど,これ,あまり盛りあがらずに終わってしまったのではないだろうか。
 高根沢町では町民ホールで仲道郁代さんのオールショパンプログラムのリサイタルがあって,町民が集結したんだけども,総文センターでも宇都宮市文化会館でも那須野が原ハーモニーホールでも,ショパンと銘打った催しはなかったと思う。

2010.12.19 第3回栃木県楽友協会「第九」演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 19日(日)は「第九」。管弦楽は栃響。昨年,初めて第九を聴いて,深く満足した。次も必ず聴くと決めていたので,早々にチケットも購入していた。
 で,2時開演のところ,早めに行って並び,1階左翼席の前の方に席を確保。ほぼ満席。
 一昨年までは自分には別世界のことと冷ややかに眺めていたのだが,今,観客のひとりになっているのが不思議なような。
 1,600人収容のホールが満席になるってのはやっぱりすごいことで,それだけでテンションが高くなる。奏者もゾクゾクするような緊張感に包まれてステージに立てるのじゃないかと思う。

● 今年も堪能しましたよ。第九を1楽章から4楽章まですべて聴いたあとの高揚感というのは,ちょっと他の方法では味わえないのではあるまいか。何といってもベートーヴェンの構想力がすごい。心地よく打ちのめされる。
 管弦楽も栃木を代表する栃響。ぼくが聴くには過ぎた楽団ですよ。これだけの演奏をしてもらえば,何も言うことはない。チケット代を何倍にもして返してもらったような気分になる。1,500円でこの90分間を体験できるなら,1,500円の使い方としてこれ以上に実のあるものはそうそうないだろう。

● ぼくの隣と前列はオバサングループだった。学ぶこと,楽しむことに対するオバサンの貪欲さは端倪すべからざるものがある。彼女たちがこういうコンサートを支えているに違いない。
 年寄り夫婦もいれば,若者のカップルもいる。ぼくのようなひとり組ももちろんいる。客席の態様は世間をそのまま凝縮したようだ。観客が多様であることも第九人気の反映だろう。

● 合唱団の中には相当な高齢者も混じってて,立っていられずに椅子をあてがっていた男性もいた。それでも果敢に歌っていたのは立派というべきでしょうね。

2010.12.18 宇都宮大学第70回定期演奏会


宇都宮市文化会館大ホール

● 18日(土)は宇都宮市文化会館で宇大管弦楽団の定期演奏会があった。宇大管弦楽団の定期演奏会は年2回,夏と冬に開催されるが,今年は夏(7月)の演奏会には行けなかったので,1年ぶりに聴かせてもらう演奏会だ。
 学生は礼儀正しく来場者を迎えるのだった。この点では東大音楽部管弦楽団がホテルマンを思わせる接待ぶりを見せてくれるのだが,宇大生もまた同じなのだった。折り目正しいというか,腰が低いというか。

● 文化会館の大ホールの8割が埋まっていた。
 そのお客さんの過半は招待状のハガキで,つまり無料で,入場した人たちだ。「ハガキの方は左側に,チケットの方は右側にお並びください」と楽員がアナウンスしてたんだけど,左側の列の方がずっと長かったからね。
 アンケートに答えると,次回からハガキ(招待状)が届くわけね。ちなみに,ぼくもハガキ組だ。ハガキを使わないでチケットを買うことも考えないではない。だけども,せっかく送ったハガキが使われないのではかえって申しわけないような気もして,対応を決めかねている。
 中でカンパでも募ってくれれば,堂々とハガキで入場して千円なりともカンパすればいいのだが,そういうふうにはなっていないので。

● 曲目はヴェルディ「歌劇ナブッコ序曲」,グリーグ「ピアノ協奏曲イ短調」,チャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」。
 指揮者は北原幸男氏。父親は尺八奏者の北原篁山。細身でイケメン。羨ましいなぁ。桐朋学園を卒業して,ヨーロッパで修行。現在は宮内庁式部職楽部の常任指揮者であり武蔵野音大の教授でもある。

● ソリスト(ピアノ)は阿久澤政行さん。地元出身。宇短大附属高校,宇短大,武蔵野音大,同大学院と辿って,いくつかの賞を取り,現在はハンガリーのリスト音楽院に在籍しているそうだ。
 彼のピアノ,勢いがある。ズンズン響いてくる。こぢんまりとまとまったピアノじゃない。

● チャイコフスキーの5番をライブで聴くのはこれで3度目。好みが分かれるところかもしれないが,6番「悲愴」より5番が好きという人が多いだろう。6番は4楽章の終わり方が独特で,通好みという感じ。ちなみにいえば,ドヴォルザークも9番「新世界より」よりも8番のファンの方が多いでしょうね。

 今年は東大と芸大の学園祭に行って,いくつもの演奏会を楽しませてもらったのだが,わざわざ東京に行かなくても,栃木には宇大がある。

● 学生オケの良さは清新さだと思う。技術だけとればもっと巧いところはいくらでもある。が,この清新さだけは学生オケでなければ出せないものだ。
 清新さは生命力の躍動だ。彼らが緊張のうちに集中して音を紡いでいる様子は,命の蠢動を感じさせる。強さを無言でアピールしているようだ。
 生命力の躍動を見たい,彼らからエネルギーをもらいたい,若さを分けてほしい,っていう渇望がこちら側にあるのかね。年を取ったのかなぁと思いましたね。

2010.12.04 真岡市民交響楽団特別演奏会

高根沢町町民ホール

● 12月4日(土)は真岡市民交響楽団。会場は高根沢町町民ホール。
 楽団の常任指揮者になっている佐藤和男氏が高根沢町の出身だ。その縁で高根沢での演奏会になったのだと思う。1週間後には真岡市民会館で定期演奏会があるのだけれど,演奏曲目はその定期演奏会のものと同じ。今回は1週間前の総合リハーサルといった意味合いも?

● チケットは5百円。会場はガラガラなのではないかと思っていたが,なかなかどうして。左翼右翼の席は空きが目立っていたが,センター席はほぼ埋まっていた。

● 曲目は次の4つ。
  モーツァルト 歌劇「魔笛」序曲
  チャイコスフキー スラブ行進曲
  チャイコフスキー 3大バレエ曲より抜粋
  モーツァルト 交響曲 第41番「ジュピター」

● 行進曲のようなノリのいい,大音響になる曲があると客席は盛りあがる。チャイコフスキーのバレエ曲は多くの人が聴いたことがあるので,やはり客席は盛りあがる。

● 佐藤氏の指揮の特徴は楽譜を見ないこと。暗譜で指揮する。
 ちなみに,お経は必ず教典を見ながら唱えなくてはならないものだそうだ。暗誦は認められない。関係ない話だけど。

● 定期演奏会ではそれなりの数の賛助出演者がいるのだけれど,今回は自前で賄っていたようだ。
 ステージが窮屈だったからね。エキストラに来てもらってもステージに場所がなかったでしょうね。

● 会場の壁が反響板を組みこんだ構造になっているはずもないから,可動式の反響板が持ちこまれた。けれども正面だけ。両サイドには何もなし。横から音がもれてしまう。狭いことと併せて,演奏者には過酷な環境だったと思われる。
 演奏者としては,今回の演奏でウチの楽団を評価してくれるなよ,と言うわけにはいかないだろうけれども,言いたいはずだよね,本音ではね

2010年11月30日火曜日

2010.11.23 東京大学第61回駒場祭-東京大学ブラスアカデミー・東京大学音楽部管弦楽団


東京大学駒場Ⅰキャンパス900番教室(講堂)

● 23日も東大の駒場祭へ。
 この日の演奏会は2つ。東大ブラスアカデミー東大音楽部管弦楽団
 駒場祭のプログラムは立派な冊子になっているが,これを無料で配っている。この日が駒場祭の最終日。どんどん配らないと余ってしまう。余ったプログラムなどゴミになるだけだ。だから,入場者にどんどん配る。
 のだが,学生さんたち,ぼくにはくれる気配を見せないのだった。声をかければくれるんだろうけどね。ぼくの目的は音楽のコンサートだけで,それ以外には興味がない。それゆえ,プログラムは要らないものなんだけど,やっぱり自分は場違いなところにいるのかなぁと感じさせられて,少し気落ちした。

● 12:45からブラスアカデミーの演奏会。吹奏楽である。東大吹奏楽部が少数の東大男子学生と多数の非東大女子学生で構成されているのに対して,こちらのブラスアカデミーは東大純正。五月祭では聴く機会がなかったので,今回が初めてになる。
 吹奏楽と管弦楽は楽器編成が違う以上にまったくの別物ですね。吹奏楽は軍楽隊がルーツですか。管弦楽は古代ギリシアの演劇の伴奏に発するらしいんだけど,中世の宗教音楽の流れも汲んでいる。そこから現在の管弦楽につながっているんだろうから,出自が違いますよね。
 ステージと客席の距離も吹奏楽の方がずっと近い感じ。客席側もノリを要求されるところも管弦楽とは大きく違う。ジャンルが違うという感じ。

● ブラスアカデミーでは演奏会ごとにテーマを決め,それによって演出を考えるのだそうだ。今回のテーマは「世界旅行」。それゆえ,取りあげた曲目は,Made in Europe,At The Mambo Inn,The Lion King,We're all alone,Orient Expressの5曲。演奏は間違いなく高位安定。安心して聴いていられる。
 ブラスアカデミーの演奏会で初めて立ち見客が出た。吹奏楽ってぼくが思っている以上に人気があるんですねぇ。

● 次は音楽部管弦楽団なんだけれども,2時間の空き時間がある。駒場キャンパスをウロウロするのはちょっと抵抗がある。っていうか,ぼくがウロウロしては申しわけないかもっていう思いがある。大学祭は若者の祭典。ロートルは目立たなくしているべし。
 で,近辺を歩いてみた。近代文学館や日本民藝館が近くにある。この辺は戦災を免れたのだろうか,車が何とかすれ違えるくらいの道路に駒場通りという名前が付いている。地名でいうと,駒場3丁目,4丁目あたりですね。
 道の両側には立派な邸宅が並んでいる。閑静な住宅街と形容される場所がらなのだろう。お金持ちが集まっているようだ。BMWが無造作に置かれていたり。
 でも,凄いなとは思ったけれど,羨ましいとは不思議に思わなかった。ここに住むかと訊かれたら,答えはノーだ。なぜかと言われると説明に窮するんだけど,何とはなしに住みづらそうな感じといいますか。

● 15時半から東大音楽部管弦楽団の演奏会。これだけは通常のコンサートと同じ時間が確保されていた。特別扱いという感じがする。15時ちょうどの開演だと勘違いしていたもので,14時半には駒場キャンパスに戻った。
 ら,すでに長蛇の列ができていた。ディズニーランドの人気アトラクションよろしく,蝶ネクタイの男子団員が「最後尾」と書かれた立て札を手にして立っていた。その最後尾に付いたが,果たして入れるだろうかと不安になってきた。ぼくの後にも次々に並ぶ人がやってきて,列は長く長く延びた。

● ぼくは何とか座れたが,当然にして立見客も現れた。しかも大勢。女子団員が声をからして前から順に詰めて座るようアナウンスしていた。皆,知っているんだと思う。この楽団の演奏は立ち見であっても聴くに値する,と。

● ただ,駒場祭では1~2年生の団員だけで演奏するのが習わしになっているらしい。下級生のデビューコンサートというわけだ。
 コンマスは理科Ⅱ類の男子。いわゆるイケメンに属する。芸能人を思わせる無造作な(しかし,手入れはきちんとしている)長髪。もちろん眼鏡なんかかけちゃいない(コンタクトはしているに違いないが)。細心の身体にヴァイオリンがよく似合うこと。弾く姿勢も良い。体を動かすその動きも様になっている。
 頭が良くて,容姿が良くて,小さい心から楽器を習えるほどに裕福な家に生まれて,自分を知って流行を追う余裕があって。持てる者はすべてを持っているのだ。これじゃぁ,持たざる者は救いがない。自分を納得させる引っかかりすら見つからない。

● セカンドヴァイオリンのリーダーは理科Ⅲ類の男子。受験の頂点に立つ男。そのくせ,パートリーダーを取るほどにヴァイオリンを弾きこなす。おまえたち,色んなものを持ちすぎじゃないのか,と僻みたくなってくるなぁ。
 女子団員もしかり。美人で屈託がない。陽気で明るいんじゃないかと思われる。東大に合格できたうえに美人なんだよ。東大オケで演奏できるほどに楽器も旨いんですよ。それで只今現在も無邪気に人生を謳歌しているようなんですよ。

● 曲目は次のとおりだった。
  ベートーヴェン 「エグモント」序曲
  シベリウス 「カレリア」組曲
  ブラームス 交響曲 第2番ニ長調
 1~2年生の演奏ではあっても,しっかりと東大音楽部管弦楽団のDNAが受け継がれているようだ。
 巧いオーケストラは見た目も美しい。この東大オケ・ジュニアも美しかった。若い生命力の躍動を感じさせてくれた。
 拍手を惜しまないことが客席のマナーのアルファにしてオメガだとぼくは心得ているが,そうした心得がなくてもここは拍手が涌き起こったはずだ。

2010.11.21 東京大学フィルハーモニー管弦楽団オータムコンサート



江東区文化センター


● この日は19時から江東区文化センターで東大のもうひとつの管弦楽団である東京大学フィルハーモニー管弦楽団のオータムコンサートがあった。せっかく電車賃をかけて東京に出てきたのだから,これも聴いて帰りたい。

● 場所は江東区文化センター。最寄駅は東陽町。渋谷からは地下鉄銀座線に乗ればいい。日本橋で東西線に乗り換える。ここまでは事前に調べておいた。東京の交通事情はどんどん変わってるから,ぼくのような昔の記憶しかない者は,事前に確認しておかないと戸惑うことになる。

● 江東区文化センターのホールは小ぶり。しかし,数百人規模のこのホールも3割くらいしか埋まらなかった。チケットなしの無料で,東大のネームバリューがあってこれだけとはちょっと淋しい。
 プログラムには日程の都合で駒場祭に参加できなかったので,急遽このオータムコンサートに換えたとの説明があった。この演奏会に来るはずの人たちの相当部分は,駒場キャンパスに行ったままになっているのかもしれないね。

● この楽団の演奏は今回初めて聴くのだが,メンバーは東大生に限らず他大学の学生が加わっている。
 演奏したのはベートーヴェンの「エグモント序曲」とブラームスの第1番。アンコールなし。駒場の他の演奏会と同様にサッパリしたものだった。ブラームスは全楽章演奏したけどね。
 やはり来月に定期演奏会を予定しており,今回はそのリハーサル的性格のもの。1時間で終了した。

● 大学オケとしてはまぁこんなものじゃないですかどころではないレベルにあると思われる。
 演奏終了後は,団員が出口のところでカンパ箱を持って立っている。ぼくも千円を入れてきた。年寄りの義務でしょ。

2010.11.21 東京大学第61回駒場祭-東京大学フィロムジカ交響楽団・東京大学歌劇団・東京大学フォイヤーベルク管弦楽団


東京大学駒場Ⅰキャンパス900番教室(講堂)

● 今年は5月に東大五月祭,9月に芸大の藝祭に出かけているが,11月は東大駒場祭がある。21日から3日間の日程。また東大にいくつかある学生オーケストラの演奏をまとめて聴けるとあって,出かけてみた。

● 駒場東大前駅は相当な混みようで,駅員が整理にあたっていた。帰りの切符は今のうちに買っておけとアナウンスもしていた。駒場祭のおかげで京王電鉄の売上が増えるが,駅員の仕事も増える。
 五月祭のときは街の雑踏がそのまま本郷キャンパスに移動したといった趣だった。ホームレスまで歩いていた。ぼくがひとりでウロウロしててもまったく違和感を感じなかった。駒場祭もしかりなんだけど,来場者もきもち若い人が多いようだった。
 若い学生たちにとっては,ぼくのような年配者は眼中にないようだった。これはよくわかる。中年や初老の男女もけっこう多いので,目立つってことはないんだけども,主催者にとってはぼくは場違いなところに迷いこんだオヤジに違いない。

● さて,お目当てのコンサート。まずは13:35から東京大学フィロムジカ交響楽団。会場入口の前に長い行列ができた。後ろに並んだご婦人二人組の話だと,昨年はこんなに並ばなかったよね,すぐに入口から入れたわよね,ってことらしい。何か理由があるのかなと思ったのだが,入ってみれば問題なく席を見つけることができた。
 ぼくの前にいたのは50歳前後の女性。ちゃんと顔を作ってよそ行きの格好でしかもひとり。さすがにこれは珍しい。でも,こういう女性がいることがなぜか嬉しい。

● 場所は900番教室。駒場で一番の大教室なのだろう。五月祭は安田講堂だった。安田講堂は講堂だけれど,こちらは大きいとはいえ教室である。黒板もある。客席も椅子のみならず机が付いている。長机ですね。端に座られると,中の席が死んでしまう。ひとりで来ている人は中に座るようにするのがマナーでしょうね。
 ともあれ,会場が教室ゆえ,どうしてもステージに学芸会的雰囲気が漂ってしまうのは仕方がない。もちろん,オーケストラが演奏するにはだいぶ狭い。窮屈そうだ。

● 曲目は次の3つ。
 ムソルグスキー 交響詩「はげ山の一夜」
 スメタナ 連作交響詩「わが祖国」より「ブラニーク」
 ラフマニノフ 交響曲第2番より第1楽章のみ
 12月に定期演奏会があるので,この駒場祭はそのリハーサル的な位置づけになる。演奏時間は約1時間。通常のコンサートの半分ほどだ。
 演奏のレベルは確かだと思う。演奏はしっかりしている。安心して聴いていることができる。

● 彼らを羨ましいと思う。同時に,自分を卑下したくなる。彼らを見ていると,生き方に一本筋が通っていると思えるんですね。凜という言葉を思いだす。顔をあげて生活している感じ。また,彼らにはその資格があるなぁ,と。翻って自分は・・・・・・と思うわけですね。
 今さら卑下なんかしたって手遅れなんだけどね。

● 次は東京大学歌劇団。14:40から1時間の演奏。オッフェンバックの「天国と地獄」から抜粋しての演奏だった。
 自前で合唱団,管弦楽団,舞台スタッフを揃えているという。団員は東大生に限らず,他大学や社会人にも門戸を開いている。
 歌い手はまだ歌う体になっていない感じ。痩せすぎでしょと思うのが多かった。痩せているのがダメというのでもないのだが,まず体を作らなきゃねという感じ。声量も足りない。10月にコンセールマロニエのファイナル(声楽部門)を聴いたばかりなので,それと比較してしまうんだけどね。
 ただし,音楽大学でもない普通の大学の学生たちが手作りで作っている舞台だからね,非常に健闘していると言っていいと思う。っていうか,こんなことができるのは東大くらいだよねぇ。おまえら,頭がいいだけじゃ足りないのかよ,って文句を言いたくなるような感じだなぁ。

● 正直,歌劇団の演奏を聴くのは予定していなかったんだけど,今日の収穫の第一はこれでした。合唱の部分はさすがに迫力があった。来月26日に相模原市民会館で本公演を行う。
 管弦楽団がスメタナの「モルダウ」の演奏を付加したのだが,こちらはこれだけ聴くとやや不満が残る。でも,これも不満を言ってはいけない気がする。大学生がここまでやれればね。彼らの若さは自ずと表現されるわけで,その若さってやっぱりいいものですよ。

● 900番教室の脇でビールとフランクフルトを売っている模擬店があったので,ぼくも買った。少しはお金を落とさないとなと思って。でも,やっぱりね,売り手の学生があんまり嬉しそうじゃないんだよねぇ。おまえに売るために置いてるんじゃないぞっていう感じなんだなぁ。ぼくのようなオヤジは歓迎されざるお客なのだなと思った。いてはいけない場所にいるのかなぁと思ってしまった。
 ま,僻みすぎですよね。もっと軽く行きたいものですな。しかし,課題ができた。学生たちに邪険にされないオヤジを目指すこと。
 缶ビールはサントリーのプレミアムモルツだった。これが3百円だった。

● 次は東京大学フォイヤーベルク管弦楽団。五月祭と同じでオーケストラ演奏はせずに,小規模なアンサンブルを4つほど演奏した。五月祭のときは,1,2年生主体だったが,今回は上級生が登場した。
 モーツァルト ディヴェルティメント 変ロ長調
 ガブリエリ 「6曲のカンツォーナ集」より第1番「スピリタータ」
 ダンツィ 木管五重奏曲
 グリーグ 組曲「ホルベアの時代から」

● いずれも達者な演奏で高いハードルを軽々と越えているという印象。しかも,格好いい。男性奏者も女性奏者も。姿勢も動作も伝わってくるオーラも。充分な練習に裏打ちされた自信でしょうね。それが聴く側にもわかるんですね。
 自信に満ちた態度,いいものだ。奏者の自信に説得されたいっていうM願望?が聴衆にはあるのだと思う。逆に説得してくれないのに自信だけはあると見えるのは許せないわけだが。
 どうだ,何か不満があるか,おまえらにこの演奏がわかるかっていう,潔さも伝わってきて(これはぼくの独りよがりかもしれないのだが),それも逆に心地よかった。
 限りなくプロに近いセミプロだと思った。配られたアンケート用紙にも最大級の賛辞を呈しておいた。

2010.11.14 宇都宮シンフォニーオーケストラ ベートーヴェン・チクルスvol.1

芳賀町民会館

● 14日(日)は芳賀町民会館に行ってきた。なぜ行ったのかといえば,宇都宮シンフォニーオーケストラの演奏会があったからだ。「ベートーヴェン・チクルスVol.1」と称して,交響曲の第1番と第3番を演奏した。チケットは8百円(全席自由)。

● 芳賀町民会館のホールで観客になるのは初めてのこと。財政豊かな芳賀町ゆえだろうか,ずいぶんと贅沢な造りだ。席数は千に満たない。オーケストラでは満席にしても興行的に採算に乗せるのは難しいだろう。今回はアマオケの演奏会だから,採算とかは関係ないんだけど。

● 宇都宮シンフォニーオーケストラとは昨年5月に文化会館で定期演奏会を聴いたのが初めての出会いになるが,昨年度は宇都宮市民大学の授業の一環として,ベートーヴェンの5番を総文センターで演奏した。今年の1月のこと。
 それが契機になって今回の「ベートーヴェン・チクルス」につながったのかもしれない。チクルスというからには,2回目,3回目と開催していくのだろう。

● ここは武蔵野音大の卒業生が多いみたいで,指揮者の石川和紀氏もコンマスだった小泉百合香さんも武蔵野音大の出身だった(今回は名簿に彼女の名前がなかった。ネットで調べてみたら,ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉のヴァイオリン奏者を務めているとの紹介があった)。

● お客さんの入りは6割といったところか。きちんとお洒落している女性たちもいて,これは目の保養になる。ぼくは普段着のまま自転車で乗りつけているわけだが,ちょっと申しわけない気もした。
 小さい子ども連れが多い。田舎ほどこの傾向があるような気がする。それと,今回は中学生の集団あり。吹奏楽部の生徒たちだろうか。

● 開演間際に家族連れが前の列に席を占めた。30代の母親と男の子ふたり,それとおばあちゃん。察するに夫の母親らしかった。もっと察すると,親子で来るつもりがダンナが来れなくなったので,姑と来ることになったのかもしれなかった。
 男の子たちはオーケストラの演奏が山場にさしかかると,耳を塞いで顔を伏せていた。不快感に体全体で耐えているといった図だった。音量が彼らの許容範囲を超えてしまうのだろう。可哀想に。
 クラシック音楽だから子どもの教育にいいだろう,小さい頃からそうしたものに触れさせれば子どもの情操を触発するだろう,と単純に考えてはいけない。この子たちにとって,この演奏会は(大げさにいえば)拷問でしかなかったろう。

● 演奏はごく普通。大きな破綻はなかった。アンコールもなしのサッパリしたものだった。
 しかし,ベートーヴェンである。普通の演奏で,ギッシリと身の詰まった密度の大きい交響曲を2つも聴ければ,不満足感は残らない。
 次回以降の予定を知りたくなるが,プログラムには記載されていなかった。交響曲は2番5番,4番6番,7番8番,9番という順序で行くのではないかと思うが,9番の合唱はどうするのか,協奏曲まで手がけるのか,といった楽しみな不確定要素がある。

2010.11.06 東京フィルハーモニー交響楽団演奏会

宇都宮市文化会館大ホール

● 音楽のコンサートに出かけることは,ぼくの中でバブルになっているのだと思う。いずれは,はじける運命にあるのだろう。が,それまではバブルを抑えるなどということはせずに,行けるところまで行ってみようと思っている。

● 6日(土)は宇都宮市市民会館大ホールで東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会があった。文化会館開館30周年記念事業で,KEIRINの補助金が出ている。
 ぼくの席は3階のB席。SとかAという言葉はぼくの辞書にはないっていうか,交通費も含めて週8千円のこづかい(7千円に減らされてたんだけど,このたび元に戻してもらえた)の中でやりくりすることになるので,どうしても安さに惹かれてしまう。今回の代金は何と千円。栃響の定期演奏会より安い。

● 文化会館の3階席から見るステージはさすがに遠かった。こうまで遠いと奏者の表情はまったくわからない。オペラグラスを持ってきている女性客がいたけど,ぼくも今度はそうしようかと考えた。
 が,お金をケチらずに,いい席を奮発すべきだんでしょうな。ま,これがなかなかできないわけですけどね。
 ちなみに,B席は完売になっていた。どうしたって安い席から売れていく。SとAは当日券が残っていたけれど,大入りといっていい状態でしたね。
 これだけのお客さんが入ったのは,KEIRINの補助金があって,チケットが安かったことが大きな理由でしょう。人気歌手のリサイタルなら6千円や7千円でも完売できる。しかし,クラシックとなるとねぇ。

● 指揮は山下一史氏。この人の指揮には今年だけでも何度か出会っている。5月に葛飾で聴いたN響もそうだったし,栃響も山下氏が指揮していた。プログラムのプロフィール紹介によれば,カラヤンの薫陶を受け,ベルリンフィルを指揮したこともある。現在は仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者。

● 一曲目はモーツァルトのフルート協奏曲第2番 ニ長調。ソリストはさかはし矢波氏。東京フィルハーモニー交響楽団の団員でもある彼がなぜソリストかといえば,栃木市の出身だから。実力も文句なし。

● 二曲目は,カバレフスキーのチェロ協奏曲第1番 ト短調。ソリストは宇都宮市出身の宮田大氏。ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで日本人初の優勝者になった。栃木県の誇りですな。
 曲そのものは初めて聴くもの。玄人受けする曲なのだと思う。ぼくの鑑賞能力だとなかなか射程距離に入ってこない。

● メインは,ムソルグスキー(ラヴェル編)の組曲「展覧会の絵」。これをライブで聴くのは初めて。打楽器と金管の出番が多くて,この辺は好まない人がいるかもしれない。
 帰宅後,カラヤン指揮ベルリンフィルの演奏を収録したCDを聴いてみたけど,当然,ライブの方が百倍はいいという結論になる。

2010年10月31日日曜日

2010.10.31 山形交響楽団 のだめベト7の夕べ

栃木県総合文化センター メインホール

● 31日も総文センターのメインホールに行った。17時半から山形交響楽団の演奏会があったので。
 曲目はモーツァルトの「交響曲第31番 パリ」と「ヴァイオリン協奏曲第5番」。それとベートーベンの「交響曲第7番」である。
 「のだめベト7の夕べ」というのがコンサートの冠になっている。

● 指揮は飯森範親さん。映画「のだめカンタービレ」に登場する数々の演奏は,すべて飯森さんが指揮したらしい。
 8月に那須野が原ハーモニーホールで東京交響楽団の演奏を聴いたが,そのときも飯森さんの指揮だった。開演前に演奏する曲の解説をするスタイルも8月と同じ。

● 今回はモーツァルトの時代に使われていたのと同じ古楽器を使って演奏するという。トランペットとホルンについては,現物を弾き比べてみせてくれた。弦は弓が短い。それゆえ,テンポは速くなるんだそうだ。
 ぼくは聴くばかりで文献を読まないから,作曲家やその作品についての基本的なことを知らないでいる。モーツァルトの交響曲の37番が欠番になっていることを教えられた。少し探したことがあったのだが見つからなかったのだ。もともとないものだったのか。
 飯森さんの話は,もちろん短時間で終わるわけだが,観客に合わせて質を落とすってことをしない(と思える)ので,聴き甲斐がある。熱も伝わってくる。

● ヴァイオリン協奏曲のソリストは,芸大3年の鈴木舞さん。若干21歳にしてプロのオーケストラと共演するのだから,才能の固まりのような人なのだろうと思うしかない。
 山形交響楽団。プロオーケストラのひとつだってことは知っていた。が,それくらいしか知らない。
 女性奏者が多く,ヴァイオリンはほとんど女性。衣装がカラフルなのも良かった。女性奏者が華やかなのはけっこうなことだ。
 演奏は堪能できるものだった。圧巻はやはりベト7。音量がなければ話にならないが,かといって度を越してしまうとうるさくなってしまう。各パートが適度な音量を確保したうえでシンフォしなくちゃいけない。山響はさすがにプロの楽団なのだった。

● ぼくの席は2階のB席。料金は3千円。S席やA席は自分には無縁なもの。質より量。
 家でCDを聴くためのコストはほとんどゼロですむ。図書館から借りてパソコンに取りこめるのだから。音楽を聴くためだけにパソコンを買う価値があるとぼくは思っている。
 CDがタダですむ分,ライブを聴く費用に回すことができる。CDでとまってしまわずにライブにまで行けるのは,CDを聴くコストがゼロになったからだ。
 せめてライブにお金を払わなければ,演奏する側の立つ瀬がなくなると思う。CDが売れないなら,自分たちの食い扶持を何で稼げばいい? ライブしかない。鑑賞者がそれへの協力を拒むことは,自分の首を絞めることになるだろう。
 といって,ぼくが負担しているチケット代などささやかなものに過ぎないんだけど。
 っていうか,CDくらい買えよって自分に突っこみたくもなるんだけどね。目下のところ,タダの魅力に抗しきれないでいる。

2010.10.30 第15回コンセール・マロニエ21 本選


栃木県総合文化センター メインホール

● 30日は去年に続いて,コンセール・マロニエ21のファイナルを聴きに行ってきた。1時から総合文化センターのメインホールで。
 主催者は信念を持ってメインホールを会場にしているのだろう。案内も栃木放送かレディオベリーのアナウンサーに来てもらっているようだ。とちぎ生涯学習文化財団の威信をかけた行事のようだ。が,あまりにもガラガラ。

● 今年度は弦と声楽。ファイナルに残ったのは両部門とも6人。弦は学部生が多く,声楽は院修了者が多い。
 昨年のコンセール・マロニエでは出場者の緊張感がこちらにも伝染したのか,息をつめて聴いていた記憶があるのだけれども,今回はそういうこともなくリラックスして聴くことができた。っていうか,出場者もさほど緊張はしていないようなのだ。

● まず弦楽器部門から。
 トップはチェロの加藤文枝さん。京都府出身で東京芸術大学大学院1年。東京音楽コンクールで2位を取っていたり,別のコンクールでは1位も取っている。
 演奏したのはチャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲 イ長調」。切なそうに弾くのが印象的だった。

● 次はヴィオラの中村翔太郎さん。兵庫県出身の芸大3年生。高校生の頃から関西の賞をたくさん取っている。天才少年だったわけだ。
 演奏したのは,ヨーク・ヴォーウェン作曲「ヴィオラ・ソナタ第1番 ハ短調」から第1&3楽章。こういう作曲家がいたことを初めて知った。

● コントラバスの片岡夢児さん。大阪市出身のやはり芸大3年生。コントラバスがエントリーできるコンクールはあまりないらしく,ファイナル出場者6人のうちコントラバスが2人いる。この人も某オーディションで最優秀賞を取っている。
 演奏したのはグリエール「コントラバスとピアノのための4つの小品」。

● ヴァイオリンの和久井映見さん。東京都出身。桐朋女子高校の3年生ながら,ステージでの態度はふてぶてしいほどに堂々としていた。体は呆れるほどに細いんだけど,態度は太い。感心することしきり。
 演奏したのは,ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調」の第3&4楽章。

● コントラバスの岡本潤さん。石川県出身の芸大4年生。この人も北陸のコンサートで最優秀賞を取っている。
 クーセヴィツキーの「コントラバス協奏曲 嬰ヘ短調」を演奏。これまた,こういう曲があったことはプログラムを見て初めて知った。

● 最後はヴィオラの山田那央さん。芸大を卒業してからドイツに渡り,ケルン音楽大学を卒業している。すでに相当な活動実績もあるようで,今さらマロニエでもあるまいと思った。事情を知らない者の戯れ言かもしれないけれど。
 応募要項では35歳までのエントリーを認めているようなのだが,コンセール・マロニエは「若き演奏者を発掘し,支援することを目的と」するコンクールであって,実際は30歳を過ぎた人が1位をさらうことはないのではないかと思う。
 バルトークの「ヴィオラ協奏曲」の第1&3楽章を演奏したが,すっかりスタイルができあがっているようだった。

● 昨年はピアノと木管だった。ド素人なりに順位を付けてみたところ,審査員の先生方の評価とさほどずれてはいなかった。
 けれども,今回はまったく順位がつかなかったですね。すぐ上に書いたような理由で,山田さんの入賞はないと思うし,和久井さんも若すぎるという理由で見送られるかもしれない。しかし,実力的には6人とも横一線という感じ。
 審査員より上手な出場者が,ときに登場するものだろう。そういうとき,審査員は喜ぶものだろうか,悔しがるものだろうか。

● 次は声楽部門。弦と比べると,奏者の年齢が高い。6人のうちソプラノが4人。
 トップバッターはソプラノの志水麻依さん。福岡県出身。長崎市にある活水女子大学音楽学部を卒業してウィーンに渡り,グスタフ・マーラー音楽院を首席で卒業したとある。
 器楽奏者はスレンダーな人が多いと思うのだが,声楽はたっぷりした人が多いですよね。
 東京国際声楽コンクールで1位。マロニエに出場した動機を訊きたくなる。

● テノールの市川浩平さん。静岡県出身。芸大院の2年生。よくこういう声が出るものだ。天賦の才というしかない。そういう喉と気管支を持って生まれてきたんでしょうね。鍛錬や努力でどうにかできるものじゃない。

● ソプラノの谷原めぐみさん。香川県出身。大阪教育大学の音楽コースを経て,芸大の院に進んだ人。この人も数々の受賞歴があり,すでに活動実績も積んでいる。

● 続いてソプラノの石原妙子さん。愛媛県出身。芸大院を修了して,現在はイタリアで勉強中。

● バリトンの菅谷公博さん。千葉県出身。芸大を卒業して桐朋の研究科2年に在籍。
 ピアノ伴奏の奏者が格好良かった。矢崎貴子さんと申しあげるのだが,きちんと客席を意識した衣装で,凛とした感じがとてもよかった。たとえコンクールの伴奏といえども,ステージに登る以上は,ステージに登るオーラを纏うという覚悟?のようなものを感じさせた。

● 最後はソプラノの鈴木麻里子さん。群馬県出身。4人のソプラノ歌手の中では最年少。

● ソプラノは少しでお腹がいっぱいになりますね。正直言うと,途中で飽きてしまった。
 技の巧拙については,ぼくにはまったく判断がつかない。同じに聴こえる。しかし,聴く人が聴けば,はっきり違いがあるのだろう。才能のきらめきのあるなしが明瞭にあるのだろう。
 ここからのわずかな違いが途方もない差となるのだろうね。超一流と並の一流を隔てる壁になってしまうのだろう。厳しい世界だなぁ,と。

● 今回,ステージに立った人たちは,その厳しい世界に自ら踏みこんだ人たちなのだ。自分とは違って「今,ここ」をきちんと生きてきた人たちなのだろう。
 と思うと,彼らに対して襟を正したくなる。自分にはそんな勇気も度胸もない。退路を断つなんて思いつきもしなかったから。

2010.10.24 古河フィルハーモニー管弦楽団第4回定期演奏会


コスモスホール(岩舟町文化会館)大ホール

● 24日(日)は古河フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に行ってきた。前回(4月)は野木町で開催されたが,今回は岩舟のコスモスホール。岩舟特別公演と銘打って,太っ腹なことに入場料を無料にしてくれた。
 週8千円でやりくりしなければならない身としては,JR宇都宮駅から東武まで歩いて,東武電車に乗るしかない。東武宇都宮から静和までは片道450円。岩舟に行くのはもちろん初めてではないけれど,岩舟はあらためて遠いところだと思わざるを得なかった。逆にいうと,これだけ乗って450円とは東武は安い。
 駅からコスモスホールまでがまた遠いのだった。もちろん歩いた。

● 岩舟コスモスホールといえば音響効果の良さで県内でも著名なホールだ聞いていた。大ホールが704席と小振りなのは場所がら仕方がない。が,中途半端な感は免れない。
 この日の演奏会ではこのホールの半分ほどの席が埋まった。無料にしてこれでは,ちょっと寂しいかも。

● 曲目は,ワーグナー「歌劇ローエングリン」より第三幕への前奏曲,ボッテジーニ「ヴァイオリンとコントラバスのための二重協奏曲 グラン・デュオ・コンチェルタンテ」,チャイコフスキー「交響曲第6番 悲愴」。
 「ヴァイオリンとコントラバスのための二重協奏曲」のソリストは,ヴァイオリンが中島麻さん,コントラバスは指揮者の高山健児さん(読売日本交響楽団のコントラバス奏者でもある)。
 中島さんは新進気鋭のヴァイオリン奏者らしい。

● 結成されてまだ2年目なのだが,真摯に演奏に向き合っている様子が伝わってくる。指揮者の高山さんが真面目な人なのでしょうね。次回はブルックナーの7番をやるのだが,この楽団ならきっちりと仕上げてくるに違いない。楽しみに待ちたいと思う。
 ちなみに,次回の演奏会場は小山市。運賃は今回より20円高くなるんだけれども,これは大歓迎。結局この日は,途中で寄り道したせいもあって1日がかりになってしまったからね。これだったらいっそ東京に出てしまった方がスッキリする。
 ま,県北に住んでいる者の戯れ言ですけどね。

2010.10.22 仲道郁代ピアノリサイタル

高根沢町町民ホール

● 22日の夜は仲道郁代さんのピアノリサイタルがあった。場所は高根沢町町民ホール。夜の7時から2時間。
 チケットはじつに千円。三井住友海上文化財団派遣コンサートという冠がついたコンサートなので,相当額を同財団が負担してくれているのだろう。

● 高根沢町町民ホールでは2月に自衛隊の音楽隊の定期演奏会があった。このときは無料だったこともあってか,文字通りの満席だったのだが,千円とはいえお金をだしてクラシック音楽のコンサートに来る人が果たしてどれくらいいるものか。
 結果は,約8割の入り。これだけ入ってくれれば充分。高根沢町民のみならず近辺の人たちも来ていたようだ。主催者としては成功と考えているだろう。

● このホールのピアノはずっと眠りについていて,調律師が驚いていたと仲道さんが語っていたのだが,田舎町のホールではどこも同じようなものだろう。かつての好況時にハードは造ってみたものの,ほとんど活用されることなく朽ちてきている。
 しかし,これではいかんという危機感が高根沢町でも萌してきたのか,町民ホール自主事業運営委員会というのが設置されたらしい。12月には真岡市民交響楽団を招聘して特別演奏会を開催する。ぼくとしてはちょっとワクワクしながら頑張れと応援したい気分。
 ただし,このホールには音楽を演奏するにはまったく適していないと思われるところがいくつかある。ハードの限界を乗りこえて自主事業を充実させていくのも,なかなか難儀だろうね。

● 仲道さんのリサイタルはこれが2回目。去年の文化の日に宇都宮の総文センターで,彼女のオールベートーヴェンプログラムのリサイタルを聴いた。B席で2千円だった。だいぶ後ろの方の席だった。
 今回は前の方の席,しかも右側の席だったので,演奏中の彼女の表情もよく見えた。当然,印象も今回の方が強い。
 今回はショパン。演奏された曲目は次のとおり。ワルツ第2番「華麗なる円舞曲」,バラード第3番,12の練習曲第1番「エオリアンハープ」,スケルツォ第2番,マズルカ第13番,バラード第1番,幻想即興曲,ワルツ第6番,第7番,24の前奏曲第15番「雨だれ」,12の練習曲第12番「革命」,第3番「別れの曲」,ポロネーズ第6番「英雄」。

● 前回もそうだったけれど,演奏の前に仲道さんが曲の解説をする。その喋りが上手だ。声質もいい。サービス精神も旺盛と思えた。腕の確かさは言うまでもないとして,そこに喋りの巧さが加わると,ステージ上にエンタテインメント性が立ってくる。
 ステージに立つ者として外見を整えることに抜かりはない。解説を終えて,椅子に座ってから鍵盤に手を下ろすまでの時間がごく短い。呼吸を整える間も取らない。その瞬発力が印象的。
 夜の9時まで演奏してから,たぶん東京に帰るのだろう。タフネスも持ち合わせている。あの小柄な体に,良きものがギッシリ詰まっている感じ。

● 彼女はこの3ヶ月,NHK教育テレビの趣味講座の講師も務めていた。ぼくも視聴者だった(トビトビにしか見なかったけれども)。それで彼女とは知り合いのような気分になっていた。
 感情移入しやすくなっていたようです。

2010.10.03 ピアノデュオリサイタル 栃木県立図書館ホール

● 3日(日)は県立図書館のミニコンサートがあった。他のコンサートとかち合わなければだいたい聴きに行っている。
 特にこの日の演奏会は大岡律子さんのもの。昨年も,年に10回程度開催されるこのミニコンサートの中で(ぼくが聴いたのは半分にも満たなかったけど),最も充実した演奏だったのは,彼女の回だった。
 今年も充実の内容。芸大で共に学んだ岡田真実さんとピアノ・デュオ。ピアノの連弾を聴く機会ってあまりない。というより,ぼくは初めてだったのだけど,ピアノの潜在能力をググッと引きだせる奏法なのかもしれない。

● 岡田さんは勝ち気というか,気が強そうな印象。ピアノがとにかく第一で,この軸がぶれることはなさそうだ。自分のやってきたことに確信を持っている。ここを突いてくる人は許さないって感じかなぁ。
 栃木県出身の大岡さんは,穏やかな性格。好きになった人に音楽をやめてくれと言われると,ほんとにやめちゃいそうな感じっていうか。ま,外見と声質からの印象ですけどね。

● 曲目は前半が,モーツアルト「4手のためのソナタ 変ロ長調」,シューベルト「ロンド」,ショパン「ムーアの民謡風主題による4手のための変奏曲」。後半は,シャブリエ「狂詩曲スペイン」,フォーレ「組曲ドリー」,ラヴェル「ラ・ヴァルス」。
 アンコール曲が2つあって,ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」とモーツアルトの「フィガロの結婚」の前奏曲。
 ピアノは比較的短時間でお腹がいっぱいになりやすい楽器だと思うのだが,奏者の腕がいいとずっと食べ続けることができますね。すべて終わったあとも,もっと聴いていたいとの思いが残った。

● 終了後は奏者のふたりが出口に立ってお見送りという,サービス精神たっぷりの演奏会だった。
 こうまでのサービス精神を発揮してくれた理由のひとつは,彼女たちがアンケート用紙を配っていたからだ。アンケートに御協力くださいというわけだが,訊いている項目はごく普通のもので,このコンサートを何で知ったか。演奏時間は適当か,長すぎるか,短すぎるか。演奏に満足したか,不満か。聴きたい曲があれば教えて。
 ぼくもそうだけれど,客席側はよほどのことがない限りは,適当だった,満足した,と答えるはずだ。つまり,アンケートで本音を吸いあげられるとは限らない。実施する側は,そんなことは百も承知で,それでも使い道があるから実施していると言うのかもしれないんだけど。
 ぼくはこの種のアンケートは無駄だと思っている。そもそも,そういうことを客席に訊いているようじゃいかんのじゃないかと思う。

● 彼女たち,来月13日にすみだトリフォニーでコンサートを行う。小ホールでこちらは2千円のチケット制だ。演奏曲目は,今日のとまったく同じ(だから,ぼくらはとてもラッキーだったと言える)。
 彼女たちにしても,今日は模擬試験のようなものだったろう。本番に向けて感触を確かめながら演奏したのだろう。アンケートはその結果を知りたいがためだと思う。

● ふたりとも芸大の院を修了した(岡田さんは院に在籍中にポーランドに留学した)。小さい頃からずっとピアノ漬けの生活を続けてきたに違いない。
 何とか今度のコンサートを成功させたいと思うだろう。その思いはぼくにも理解できるものだ。

● 音楽家への道は厳しい。お金も時間も投入してこの道を進んできたけれども,その投資を回収するのは難しい。そのお金と時間を,たとえば勉強に振り向けていれば,医師でも弁護士でも学者でも,なりたい者になれていただろう。けれども,音楽家をめざしてしまった。
 そうまでして音楽に打ち込みたくなる才能があった。

● そういう人たちがいてくれるお陰で,ぼくらは音楽のライブを楽しむことができるのだ。だから,ぼくらにはそうした人たちを応援する義務がある。でも,ではどうやって応援すればいいのか。コンサートに足を運ぶか,CDを買うか。

● こうした無料のコンサートには,普段は音楽と無縁な生活をしている人たちも入りこんでしまう。ぼくにしたってにわか音楽ファンにすぎない。だから,たとえば寝ている人も出てしまう。
 けれど,終演後,見送る奏者に言葉をかけるのは,こういう人たちのようなんだよね。オバチャンたちなんだけどね。愛想がよくて,奏者に言葉をかけていく。
 嬉しいよね。お客さんから言葉をかけられると。オバチャンたちは言葉によって,奏者を応援している。ぼくに限らず,たいていの男性はこれができない。

2010年9月30日木曜日

2010.09.26 鹿沼フィルハーモニー管弦楽団第26回定期演奏会

鹿沼市民文化センター大ホール

● 26日(日)は鹿沼フィルハーモニー管弦楽団の年に一度の定期演奏会があった。場所は鹿沼市民文化センター。行ってきました。去年は,ここで聴いたドヴォルザークの8番にあてられて,しばらく家でもドヴォ8ばかり聴いていたものだ。今回はチャイコフスキーの6番「悲愴」なんだけど,さてどういうことになるか。

● が,今回は演奏がどうのこうのというよりも,客席がひどすぎた感あり。
 一曲目が終わったあとに入ってきた爺さん。60歳代の前半だろうか。市役所か県庁を定年退職したような感じの人。こりゃやるなと思っていたら,案の定だ。座ってからデジカメを取りだして数回シャッターを押した。フラッシュ撮影はダメだってのはプログラムにも目立つように書いてあるのだけど,プログラムなんか見やしないからねぇ,この種の人は。
 休憩時間にスタッフに注意されていた。その様子を見ていると,決して悪い人じゃないわけですよ。要は,マナーを知らないだけなんだけどねぇ。
 今度はケータイをいじりだした。演奏再開の直前までいじってた。さすがに演奏が始まる前に閉じたんだけど,電源は切らないままだ。
 こうまで細かく観察しているぼくもぼくだが,とにかく気になってしようがない。演奏に気持ちを向けることがなかなかできなくなってしまう。非常に困る。

● しかも,この手のオヤジは,前の方に席を取る。マナーの悪いのが前に並ぶ結果になる。居眠りをしている者もいれば,椅子に浅く腰かけて腕組みして天井を睨んでいる者もいれば,しじゅうガサゴソ音を立てている者もいる。

● 団員が広報用に写真を撮る。こちらはフラッシュをたかないで撮影しているし,趣旨と必要性は理解できるのだが,しかし,最小限であって欲しい。「フラッシュ撮影は演奏の妨げになる」のであるが,同時に鑑賞の妨げにもなるのであって,それは撮影する側が団員であっても同じである。
 彼は与えられた役割を果たそうとしているだけなのだと思う。だから,役割に過剰に忠実であってはいけないと教えてほしい。

● 文句から入ってしまったけれど,今回は次の3曲。
  チャイコフスキー 幻想序曲「ロミオとジュリエット」
  ハチャトゥリアン 組曲「仮面舞踏会」
  チャイコフスキー 交響曲 第6番「悲愴」
 ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」は昨年,鹿沼高校の管弦楽団が演奏した。さすがに大人のオケはちゃんとまとめてくる。
 チャイコフスキーは「悲愴」より「ロミオとジュリエット」の方が印象に残った。「ロミオとジュリエット」って,ストーリーはつまらないものだと思うんだけど,これを曲にしているのはチャイコフスキー以外にも複数いる。
 それほど作曲家にインスピレーションを与える作品なんだろうか。一度,ちゃんと読んでみないとね。

2010.09.12 栃木県交響楽団特別演奏会


栃木県総合文化センター メインホール

● 9月12日。総文センターで栃響特別演奏会があったので出かけてきた。前年度のコンセール・マロニエの1位入賞者をソリストに招いてのお披露目コンサートだ。今年はピアノの小瀧俊治さんとフルートの井坂実樹さん。
 小瀧さんは細面のイケメンで,オバサンたちから人気が出そうなルックスの持ち主。井坂さんは2位だったのだが,1位入賞者が辞退したのかもしれない。芸大の3年生でまだまだノビシロがあることを感じさせる。1年前より女っぷりがあがったような感じも。

● まず,栃響がJ.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」序曲を演奏。次いで,井坂さんが登場。モーツァルト「フルート協奏曲 第2番二長調」を。最後の終わり方がやや残念だったか。
 休憩のあと,ベートーヴェン「ピアノ協奏曲 第4番」。ぼくの席から小瀧さんの指の動きがよく見えたのだけれど,まさしく繊細というか,鍵盤を慈しむかのように,けれども素早く,彼の細い指が踊り続けた。
 最後は,栃響だけでブラームスの「大学祝典序曲」を演奏して終わった。

● コンセールマロニエ入賞者のお披露目だ。できるだけ多くのお客さんに来てほしい,というわけかどうかわからないけれども,入場は無料だ。整理券は必要なのだが,短時日でなくなってしまうので,受付開始日に申し込んでおいた方がいい。
 つまりは,人気の演奏会で,総文センターのメインホールがほぼ満席になる。したがって,賑々しいお披露目になる。
 
● 指揮は荻町修さん。定期演奏会では東京からプロの指揮者を招いて演奏するのだが,この特別演奏会と12月の第九は,団員の荻町さんが指揮する慣わしになっているらしい。
 指揮者コンクールがあるくらいだから,指揮ぶりは外から判定できるものなのだろうが,指揮の上手下手は,ぼくにはまったくわからない。
 けれど,一生懸命にやっていることはわかる。真面目な感じを受ける。斜に構えていない。愚直に指揮に向き合っている。団員からの受けも悪くなさそうだ。
 プログラムのプロフィールによれば,宇大の教育学部音楽科で学んだ。指揮法,作曲,ピアノ,声楽を大学で習っている。定期演奏会ではクラリネットを吹いているのだが,若いときに一定以上に深く音楽の何かを勉強した人は,少しの努力でどんな楽器でもこなせちゃうんだろうね。
 卒業後,イタリアとドイツで1年間修行した。が,この程度で喰っていけるほどこの道は甘くない。県立高校の教員になって,アマチュアオーケストラの指揮者になった。
 けど,ぜんぜん悪い人生ではないよなぁ。本人はどう思っているか知らないけれど,ぼくには立派な成功者に見える。留学までして自分の人生を賭けた音楽をちゃんと掴まえていて,演奏する側に廻っているんだもんなぁ。

● チェロ奏者のひとりが,次の演奏が始まるまでの短い待ち時間の最中,ステージで欠伸をしていた。集中を切って,次の集中に入るまでの短いリラックスタイムだ。酸素を補給しておきたくなるだろうし,ふっと気を抜きたくもなるだろう。
 もっとも,聴いているぼくの方も居眠りが出そうになったからね。前の晩,きちんと寝ておかないといけないねぇ,お互いに。

2010.09.05 那須フィルハーモニー管弦楽団「名曲コンサート」

那須野が原ハーモニーホール 大ホール

● 5日に上野行きをやめた理由はもうひとつあって,この日は那須野が原ハーモニーホールで那須フィルハーモニー管弦楽団の「名曲コンサート」があった。チケットを買っていたのだ。
 といっても,わずか5百円のチケットだから,捨ててしまっても惜しくはない。事実,昨日までは捨てて,藝祭を択るつもりでいたんだから。
 でも,前に書いたような次第で,5日の午後は北に向かった。開演は午後5時。

● で,那須フィルハーモニー管弦楽団の「名曲コンサート」なんだけど,演奏したのは,前日も聴いたエルガーの行進曲「威風堂々」第1番。モーツァルトの交響曲第29番。サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。
 休憩を挟んで,ヴェルディ「歌劇ナブッコ」とマスカーニ「歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ」から,合唱部分を含む一節を。最後はチャイコフスキーの「荘厳序曲1812年」。

● 那須フィルは,この4月から音楽監督兼指揮者に大井剛史を,コンサートマスター兼弦楽器トレーナーに執行恒宏氏を招聘している。大井さんは芳賀町出身の36歳。芸大院から海外で修行。現在は山形交響楽団指揮者,聖徳大学音楽部の講師も務める。
 執行さんも芸大の出身で,山形交響楽団のコンサートマスターを務めた。現在はフリー奏者で37歳。
 今回も指揮者が演奏の前に曲解説をするという親切さ。モーツァルトの29番では楽章ごとに演奏をとめて,解説をはさんだ。こういうやり方は親切なのかお節介なのか微妙なところがあるが,大井さんの話しぶりは活きが良くてポンポン飛ぶような感じ。決して邪魔にはならなかった。

● まずはエルガーの「威風堂々」。前日聴いたばかりの芸大生の演奏と比べてどうか。って,比べるものじゃないんでしょうね。
 モーツァルトの29番はもう何十回も聴いているので,すっかり馴染んでいる。モーツァルトが18歳のときに作曲したことは今日まで知らないできたけれど。
 サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」は執行さんがソリストを務めた。ヴァイオリンの名手でもあったサラサーテが自分の腕を見せびらかすためにこの曲を作ったとは,大井さんの解説。

● 那須フィルは週に一度,このホールで練習しているのだが,執行さんによれば,こういう音響のいいホールで練習できるなんてかなり恵まれている,プロオケでもなかなかないんじゃないか,と。たしかにねぇ。しかも,大井さんや執行さんを招聘できちゃうのも,県内ではたぶん那須フィルだけだろう。
 これにはカラクリがあって,那須フィルの団員は,ホールを運営する那須野が原文化振興財団が主宰している「那須野が原ハーモニーホールオーケストラ養成講座」の受講生でもあるのだ。
 つまり,週1回の練習は財団が実施している「オーケストラ養成講座」というわけだ。

● この「名曲コンサート」じたい,那須フィルではなく財団主催の行事になっている。チケット販売やら当日のモギリやらも財団のスタッフがやってくれる。真岡市民交響楽団鹿沼フィルに比べたら,どれだけ恵まれているか。
 財政状況によってはそろそろ独り立ちしてよってことになる可能性もあるんだろうけど,今のところはとても良い環境を与えられているのだ,那須フィルは。

● 執行さんはまた,那須の空気のうまさについて語った。それ以外にほめるところがないってことかもしれないんだけどね。
 けれども,那須という言葉のイメージが昔と比べるとだいぶ良くなっているのかもしれないと思いながら,彼の話を聞いた。空気のうまい田園地帯にとてもいいホールがあって,活発に音楽活動が行われている。そんなイメージができつつある?

● 後半は助っ人が2つ入った。那須野が原ハーモニーホール合唱団と大田原中学校吹奏楽部だ。合唱団のメンバーの平均年齢はかなり高い。女子には若い子もいたが,男子は年寄りばかりだ。求む若者ってところでしょうね。
 しかし,彼らの合唱が加わったお陰で,後半の2曲はかなりツヤがでた。合唱のみでは敬遠したくなるが,器楽に声楽が加わるのはとてもいい。
 大田原中吹奏楽部からはラッパ担当の女子生徒が数人。「1812年」の最後に彼女たちの出番があった。

● 大ホールが満席になった。演奏する方も気持ちよかったに違いない。しかも,県北の人たちは礼に厚い。客席のマナーは一にも二にも拍手を惜しまないことだ。巧かったから拍手する,そうでもなかったから拍手しないっていうんではなく,とにかく拍手を惜しまないことだ。そのマナーを忠実に守るのだ,このホールの観客は。
 特に,大田原中吹奏楽部の生徒たちは,これほどの拍手を受けるのは初めてのはずで(いや,毎年経験しているのかも),晴れがましい体験になったのではあるまいか。拍手を受けることの誇らしさや気持ち良さを味わえたに違いない。
 合唱団も同じだ。合唱団は合唱団でコンサートも開いているのだが,たぶん,これだけの集客力はない。したがってこれだけの拍手を浴びる機会も滅多にはない。彼ら,彼女らがこれからも活動を継続する動機付けになるのじゃないかと思う。

● 那須フィルのメンバーに高校生がいた。パーカッションとフルート。3人はいたと思う。年齢に関係なく色んな人がいるっていいね。演奏技術にあまり差があってはまずいだろうけど,メンバーの属性(年齢,職業,収入,性別,音楽以外の趣味など)はバラエティに富んでいるべきだ。
 高校生団員はいい経験をしている。しかも,大井,執行という一流のプロの指導を月に一度は受けることができるんだから。高校での生活と那須フィルでの活動の落差が,彼らを賢くしてくれるといい。

● 次は定期演奏会。3月13日だ。昨年は「那須野が原ハーモニーホール開館15周年記念事業」と称して歌劇「カルメン」を演奏会形式で上演した。豪華なソリストを揃えて,チケットは千円。あっという間に完売となって,ぼくは聴くことができなかったんだけど。

2010.09.04 藝祭2010:東京芸術大学

● 4日も同じ電車に乗って上野に向かった。この日は10時から始動。
 まずは生田会(生田流箏曲)の演奏(6ホール)。前日の奏楽堂の大演奏会に比べると小規模の演奏だった。学年ごとにひとつずつ演奏した。1年生は「飛鳥の夢」(宮城道雄),2年生は「五段帖」(光崎検校),3年生は「春の詩集」(牧野由多加),4年生は「松竹梅」(三ツ橋勾当)。
 全部で約70分の演奏だった。

● 法学部や経済学部,医学部,工学部など普通の学部の学生は,大学受験までは普通の勉強しかしていない。専門の勉強は入学後にゼロから始める。
 しかし,彼ら芸大生は,普通の勉強のほかに,入学後に学ぶはずの器楽や声楽や舞踊についても,相当以上の研鑽を積んでいる。そうじゃないと合格できない。ということは,普通の勉強以外のことをやった分だけ,充実した少年・少女時代を過ごせたってことになるだろうか。
 実際には,高校時代は野球ばかりしていたっていう法学部生もいるだろし,将棋三昧に明け暮れたっていう医学部生もいるだろうから,ひとり芸大生だけが普通+αの暮らしをしてきたってことではないけれど,大雑把にいえば入学するまでの暮らしぶりのユニークさでは,芸大生が他大学の学生に優っているだろう。

● ぼくのような普通だけでアップアップしていた者からすると,彼らの来し方が羨ましくもあり,妬ましくもある。また,一芸を選んだ彼らの潔さが眩しくもある。

● さて,次は奏楽堂で演奏される「フィガロの結婚」を見る予定にしていた。3年生によるオペラ公演とプログラムには書かれている。が,入場することができなかった。10時から整理券を配っていて,それがないと入場できないということだった。しかも,整理券は予定枚数の配布を終了している,と。
 であれば,それもプログラムに載せておいて欲しいぞ。何度も来ている人にとっては常識なのかもしれないが,今年初めて来たという人(ぼくのこと)には寝耳に水になってしまう(ただし,こちらが見落としていただけかもしれない)。
 3日間で最も楽しみにしていたのがこれだったので,残念感も大きい。気持ちを立て直すのにちょっと時間がかかってしまった。

● しかし,「ラ・フォル・ジュルネ」芸大版である。代替はある。6ホールに戻って,三味線音楽自主演奏会を聴くことにした。そのあとは,日本舞踊の自主公演。
 集団舞踊というか,大勢が一緒にひとつの踊りを踊るのだろうと予想していたのだが,実際の演目は長唄に合わせる踊りだったり,清元や常磐津だったりした。踊りながら演じる,演じながら踊るという類のもの。
 演目名を挙げておこう。「舌出三番叟」「落人」「粟餅」「鞍馬獅子」「寿万歳」の5本。バックの唄や三味線,囃子はテープのこともあれば,本物が付くこともある。

● 最初の「舌出三番叟」が終わったあと,ぼくの後ろにいた親子(母親と息子)が巧いねぇ,さすがだねぇと感想をもらした。そうか,これは巧いのか,とぼくは思った。
 お客さんもクラシック音楽のコンサートホールに足を運ぶ人たちとは違う。何というのか,こういうものを好む人たちの顔ってあるでしょ。お客の中には興業主もいるのではないかと思われた。ひょっとしたら学生たちの親かもしれない。
 この2日間で邦楽のシャワーをたっぷり浴びた。自分を揺さぶれたとは思わないし,自分の中の何かが変わったとはさらに思わないが,なにがしかの満足感が残ったのも事実だ。

● 15時まで邦楽シャワーを浴びて,30分後に「トロンボーン科夏の祭典」というのを聴いた。要は,トロンボーンのアンサンブル。トロンボーンのみで演奏会(1時間弱)を構成できるのも芸大ならではだと思う。
 プログラムに奏者の出身地まで載っている。北海道,京都,宮城,秋田,福岡,千葉なぞ全国に散っているが,大半は地方出身者で東京者は少ない(というか,いない)。東京には日本の1割の人間が住んでいるんだから,ひとりやふたりは混じっていてもいいんじゃないかと思うけど,パワーは地方から生まれるってか。

● 最後は17時からのオルガンコンサート(奏楽堂)。2時間半にわたって,パイプオルガンの音色を聴いた。もちろん,初めて聴く音色だ。
 音じたいが宗教音楽的。神とつながるための音,神を呼ぶための音って感じ。とんでもなく響くから,楽曲の違いを音が吸収してしまうところがある。何を聴いても同じに聞こえる。演奏の巧拙も感知しにくい。
 何より,ちょっとの量でお腹が一杯になってしまう。2時間半も聴くのは,途中に休憩があったとしても,けっこう忍耐を要する。9本の演奏のうち,ひとつはサクソフォンと,ひとつは管弦楽との共演になったが,オルガン以外の音が入るとホッとした。
 管弦楽がバックに入ったのは,エルガーの「威風堂々 第1番」。わずか数分の演奏のためにオーケストラを用意できるのも芸大だからこそだろうねぇ。指揮者は学部5年生の女子学生。院ではなく学部5年というのがいいね。

● こうして2日目も充実のうちに終わった。東京との接点がひとつ増えた気がする。上野といえばアメ横だったけれど(子どもが小さかったときには動物園も),これからは芸術の街としての上野ともお付き合いができるかもしれない。
 しかし。栃木の自宅を7時に出て,夜の10時半に帰宅するのを2日続けると,けっこう疲れる。

● 藝祭は明日(5日)にも開催され,プログラム的には3日目の5日が最も充実しているっていうか,楽しみにしてもいた。ただし,芸大の方針として日曜と祝日には奏楽堂の使用は認めないらしい。5日は奏楽堂を使えないので,混みあうだろうなと予想できる。3日も4日も,各ホールとも満員御礼で立見客が出ていたからね。あんまり混みあうのもなぁと思ってしまった。
 3日連続で自分の楽しみのためだけに東京に出るのも,ヨメに対して憚るところがあった。ぼくが半日でもいれば一緒に買物にも行けるはずだ。
 つまるところ,3日目は上野行きをやめた。5日の午前中はヨメの買物につきあって過ごした。

2010.09.03 藝祭2010:東京芸術大学

● 芸大の学園祭,藝祭に行ってきました。9月3日(金)から3日間の日程で開催。去年も行くつもりでいたんだけど,前日になっても公式ホームページに開催内容が表示されなくて,それだけが理由ではなかったのだけれど,結局,行きそびれてしまった。
 今年は,かなり前からホームページに日程が公開されたので,自分なりにこれを聴こうと予定を立てることができた。これ,大事なことだね。予定を立てるところから,ぼくの中でお祭りは始まっているのだから。
 会場は奏楽堂のほか,3つのホールが使用された。同時に複数の催事(演奏)が開催されるので,すべてを聴くことはできない。それゆえ,事前に内容を想像しながら,これを聴いて,次はこれと,スケジュールを考えることになる。これも楽しいわけだ。

● この時期,「青春18きっぷ」が使える。これがありがたい。2,300円で上野まで往復できるんだからねぇ。普通に切符を買うとほぼ倍になる。新幹線で往復すると4倍になる。学生にとっては,夏休みを返上して準備にあたることになるわけで,少しく気の毒ではあるけれど。
 上野駅公園口を出て少し歩くと,さっそく藝祭と出会った。学生たちが作りあげた様々な意匠の御輿が上野の商店街を練り歩くのだ(彼らは「渡御」と呼んでいる)。女性の裸体あり,深海魚あり,孔雀あり,それあり,これあり。男女学生が担いでいるが,けっこうな重量があるようだ。
 それらを見送ってから,いよいよ大学の構内に入った。

● 道路を挟んで,音楽学部と美術学部のキャンパスがある。音楽学部のキャンパスについていえば,建物と通路しかない。樹木は多いのだけど,通路以外の空き地がない。
 東大は部外者に開放されていて,誰でも中を散歩できたけども,芸大はそれを許していないようだ。許されたところで,歩きたくなるような構内ではない。すぐそばに上野公園があるわけだから,わざわざ芸大の構内を歩くこともない。ちょっと以上に手狭な印象だ。

● 東大の五月祭は多くの来場者でごった返していた。ホームレスまで歩いていて,それに何の違和感もなかった。が,藝祭はそうではない。何も用事はないけれど来てみたっていう人は少ないようだ。ぼくもそうだが,芸大ならではの演奏や作品を鑑賞するために来ている人が多いのだろう。
 芸大生だからといって,一見して変わった学生が多いわけじゃない。見た目はごく普通の学生たちだ。その学生たちが若さを発散させて躍動している。模擬店に張りついている学生は,声をからして呼びこみをしているし,来場者に何か訊かれると,じつに丁寧に説明している。

● 5百円で藝祭のパンフレットを買った。公式ホームページをそのまま印刷したようなものだ。ホームページをチェックして予定を立てているので,ないと困るものでもないのだが,ここはカンパするつもりで購入した。

● 奏楽堂。正面にパイプオルガンを設置したコンサートホール。これだけのホールはそんなにあるものじゃない。さすがは芸大。しかし,芸大にはこれくらいのホールはあって欲しいとも思う。
 GEIDAI祝祭管弦楽団なるにわか作りのオーケストラがチャイコフスキーを演奏してくれた。歌劇「エフゲニー・オネーギン」のポロネーズと交響曲第5番。
 芸大の2年生か3年生だろうか。指揮者ももちろん学生(男子)で,演奏終了後にメンバーを観客に紹介するそぶりが初々しくてよかった。あどけなさを残していた。
 演奏はさすが芸大というところか。突出して巧いのかどうかぼくにはわからないけれど,安心して演奏に身を任せることができた。
 問題は客席だ。「芸大ならではの演奏や作品を鑑賞するために来ている人が多いのだ」としても,そこはお祭りの席だし,タダで入れる席だ。演奏の最中に入ってくるやつ,出ていくやつ。フラッシュをたいて写真を撮るやつ。学生の親や親類や友人も多いのだろう。
 通常のコンサートと比べてはいけないのだが,ホールはとても立派だし,演奏も充分な水準に達しているのに,客席がそれに見合っていないのは残念だ。しかぁし,大学祭なんだからこれはこういうものなのでしょう。

● 東大生のオーケストラも充分に上手だ。東大オケのメンバーは授業は二の次三の次で,一番長い時間をオケの部室や練習場で過ごしているに違いない。しかし,そうであっても,彼らにとっては音楽は余技にすぎないはずだ。卒業すれば,官僚になったり,銀行員になったり,医者になったり,エンジニアになったり,設計技師になったりして,それぞれの仕事について収入を得て,生活していく。
 しかし,芸大生は音楽を本業にしている学生たちだ。彼らにとって,卒業後のことは考えたくない問題かもしれない。とにかく今に賭けている。自分の手技を恃んでいる。そこまで思い詰めてもいないだろうけれど,退路を断っているという潔さがある。

● 1時間でこの演奏は終わり,次はクラリネットアンサンブルを聴きに行った。会場は「2ホール」。学生の練習場なのだろう。クラリネット科の学生が学年ごとに演奏し(芸大では1年,2年とは言わないで,C年,D年という言葉を使う。AではなくCから始める。その由来は何なのだろう),最後に全員が勢揃いしての演奏になる。
 テーマは「小動物の謝肉祭」。1年生はネズミを取りあげたらしい。ディズニーメドレーである。2年生以降も動物に因む演奏を披露した。
 最後の全体演奏はさすがに圧巻だった。クラリネットだけでこれほどの人数になるのは藝祭ならではだろう。約90分の演奏。

● 次は15時からなので,ここでしばらく時間が空いた。何か食べておこうと思う。当然,いくつもある模擬店で適当なのを食べればいいわけだ。が。ひとりでそれをすることができない性格だ。
 考え過ぎちゃうんですね。学生にしてみればぼくのような年寄りより若い来場者を相手にしたいだろうとか,自分は場違いなところにいるとか,いろんなことをね。
 で,あろうことか,上野駅の改札を通って,駅構内の蕎麦屋で冷たい蕎麦を食べて,再び,芸大に戻るという情けなさを発揮してしまった。こういうときは,わずかなお金であっても,芸大に落とすべきだよねぇ。

● 15時からは奏楽堂で「邦楽科大演奏会」。時間も2時間半に及んだ。ここでもプログラムは有償だった。5百円で購入。これもカンパのつもり。が,5百円程度じゃカンパにもならないかも。
 まずは日本舞踊。演目は「とっぴんしゃん」。蔭囃子のついた本格的なものだ。続いて,尺八。演目は「竹彩々」。
 演奏の巧拙などぼくにわかるはずもない。日本の楽器の音色が自分に染みこんでくれるかどうかを探るっていうか,こういうものに対して自分がどう反応するのか,それを確かめたいと思っていた。
 邦楽はこれまで二度聴いた。一度は宇大音楽科教員による演奏会で。もうひとつは,今年の2月に総文センター主催の演奏会で。しかし,あれで邦楽に接した気になっていたのは間違いだったか。
 藝祭のこの演奏会は圧巻というか,芸大でしか聴けないというか,とんでもなく贅沢かつ貴重なものを聴かせてもらっているというか,このためだけに藝祭に来る価値があると思った。

● 次は山田流箏曲「萩三番叟」。三味線に囃子が付く。総勢24名。さらに,生田流の箏曲「琉球民謡による組曲」。十七絃と尺八を併せて32名の演奏。
 最後は長唄「俄獅子」。これも三味線と生の囃子が加わった。舞台転換のため休憩も何度かあったのだが,2時間半も本格的な邦楽のシャワーを浴びたのは初めてで,少し酔ってしまったかもしれなかった。
 にしても,芸大は奥が深い。ここまでカバーしているのか。って,こんなことで驚いているぼくが世間知らずってことなんだろうけどね。
 この子たち,何で邦楽に自分の身を投じたのかなぁ。幼い頃に邦楽に接して魅せられたのか。あるいは,親がそうした商売をしていて,他に選択肢が与えられなかったのか。

● 18時からは短い(30分)室内楽を聴いた(6ホール)。木管五重奏+ピアノ。2年生の小グループの演奏。顔のちっちゃい小生意気そうな感じの女の子がいて,なかなか良かった。

● 最後は「ミュージカル・エクスプレス」。同じ時間帯に「仮装的欧米管弦楽曲熱烈大演奏会」というのがあって,予定ではそちらを聴くつもりでいたんだけど,これがディズニーランドのビッグサンダーマウンテン並みの長い行列ができていて,すぐに諦めてしまった。「ミュージカル・エクスプレス」の方がまだ短い行列だったので,こちらに並んだ次第。
 ミュージカルというのを初めて鑑賞する機会を得た。学生の手作りだし,メンバー全員に平等に出番を作るようになっている。そのためか,流れが悪い。言葉も荒削りだ。演技力もまだまだ。
 けど,一生懸命さは伝わってくる。一緒に楽しむように努めるのが観客側のマナーだと思う。

● 19時半にこの日の予定は終了。芸大,すごいです。これが初日の率直な印象。
 「ラ・フォル・ジュルネ」が日本でも開催されるようになっているけど,藝祭は規模は小さいながら,「ラ・フォル・ジュルネ」芸大版だ。いくつもあるコンサートの中から自分の好きなのを選んで,聴きに行けばいい。
 しかも,どのコンサートも無料だ。「ラ・フォル・ジュルネ」はプロの演奏ではあるけれど,すべて有料になる。格安ではあっても,1日楽しめば万札が何枚か出ていくだろう。藝祭は,プロではないけれどその卵たちが演奏する。1日楽しんでもタダだ。これほど社会貢献度が高い大学祭はないんじゃなかろうか。

2010年8月31日火曜日

2010.08.29 東京交響楽団特別演奏会

那須野が原ハーモニーホール大ホール

● 29日(日)は夕方6時から那須野が原ハーモニーホールで東京交響楽団の演奏会があった。電車で出かけて聴いてきました。曲目は
  芥川也寸志 交響管弦楽のための音楽
  ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番
  ブラームス 交響曲 第4番
 指揮は同楽団正指揮者の飯森範親,ピアノは小山実稚恵。チケットは買っておいた。B席で3千円。7日のプレイベントを含めてこの料金だから格安といっていいと思う。

● 大ホールがほぼ満席の状態だった。こんな田舎の不便なところにあるホールを満員にするのは,飯森さん,小山さんのネームバリューだろうか。はるかな昔,宮城県の片田舎のバッハホールが注目を集めたことがあったが,わが那須野が原ハーモニーホールもホールじたいの良さが,知る人ぞ知るの域に達したのかもしれない。
 ほとんどの人は車で来ていた(西那須野駅からホールまで歩いてくるのはぼくひとりだと断言できる。演奏会終了後,駅方面に歩いている人はぼく以外にいなかったから)。県内各地あるいは県外から車を走らせている人もいると思うが,それにしたって車で来られる距離にはおのずと限度がある。近場の人が多いはずで,田舎の人たちもきちんとした音楽を聴きたいと思っているんですよ。ですよね。

● 街興しのためにコンサートホールがあるわけではないとしても,このホールがなにがしか地元を活性化していることは間違いない。館長に丹羽さんという専門家を得ているのも大きいだろう。

● 演奏に先だって,飯森氏が曲の解説をする。サービス精神の発露なのだろうが,これはなくてもいいかも。前知識なしでとにかく曲を聴きたいとぼくは思うし,同じように思う人は多いのではあるまいか。解説はプログラムに語らせて,指揮者や演奏者は寡黙でいいとぼくは思う。
 とはいえ,国内のプロ楽団はどこも経営が厳しい。生き残りをかけていろんな試みを行っていると聞く。飯森氏は自身が音楽監督を務める山形交響楽団で「音楽家はサービス業」を標榜して,次々に新機軸を打ちだしてきたらしいのだが,この「コンサートトーク」もそのひとつ。

● 東京交響楽団,女性奏者が過半を占める。ヴァイオリンとヴィオラはほとんどが女性だ。金管に中年男性がいたけれど,平均年齢もだいぶ若そうだ。茶髪の男性奏者もチラホラいる。
 けっこう,人の出入りが激しいのだろう。ぼくらから見ると,プロ楽団の団員ってのは,好きで好きで仕方がないことを仕事にできているのだから,たとえ給料が安くても満足度は高いのじゃないかと思いがちだ。
 が,内実はそんな単純なものではないのかもしれない。何か,つまらなそうに演奏している人もいたし。
 でも,さすがはプロで,こういうと不遜な言い方になるけれど,管は笛もラッパも安心して聴いていられた。

● ブラームスの第4番は3回目になるが,他のふたつは初めて聴く。「交響管弦楽のための音楽」は芥川也寸志の若いときの出世作とのこと。聴きやすいというか腑に落ちやすい曲だと思った。自宅でCDを聞きなおす機会は当然ある。

● 飯森さんによれば,ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は弾きこなすのがとても難しい曲なのだが,小山さんが弾くと難しそうに思えない,と。難しい曲を軽々と弾いてみせるのがプロということ。
 ぼくは高いところの席だったので,彼女の指の動きがよく見えた。凄いものだと感じ入るしかない。長時間練習すると指から血が噴きだすというけれど,彼女の動きを見ていると,なるほどそういうこともあるのだろうなと思わされる。

● 日本人のピアニストで誰かひとりだけ挙げてみろと言われると,多くの人が内田光子さんの名を挙げるのではないかと思うが,その次はとなると,誰だろう。
 内田さんにしろ小山さんにしろ,圧倒的な技術で自分を認めさせてきた実力派だ。で,実力派の演奏ってのは美しいものなのだ。

2010.08.25 間奏15:残暑見舞い


● 音楽のコンサート熱は冷めていない。今年は大小とりまぜて,すでに32回のコンサートに出かけている。メインはオーケストラだ。去年1年間で自分が聴きたいのはやはりオーケストラなのだとわかった。
 見事に溶けあった管弦楽の音の連続は,他にたとえようがないほどに美しい。ぼくは絵画や陶芸や彫刻や書の美というものを未だに解くことができないでいるけれど,音楽の美しさというのは,そんなぼくの中にも向こうから入りこんできてくれる。
 その演奏会から自分が何を受け取れるかあるいは受け取れないか,それを事前に予測することはできない。だからこそワクワクもするのだし,出かける甲斐もあるのだ。

● 東京に出かける回数も増えた。コンサートもだけど,5月には東大の五月祭に行ってきた。9月には3~5日に芸大の藝祭がある。昨年は行けなかったけど,今年は3日間とも日参するつもりでいる。オーケストラや室内楽はもちろん,邦楽と日本舞踊が楽しみ。若い女性の舞踊,しかも高水準の,を見られるのは,この藝祭くらいかもしれないからねぇ。

● というような状況です。けっこう元気にやってますよ。
 まだ熱中症で亡くなる人がいる。水分をこまめに補給しろとか,外に出るときは帽子をかぶれとか,色々言われるけれども,ぼくは,体力維持のためと称して食べたくもないのに無理に食べるのが一番身体に良くないような気がしている。暑いときは暑いなりの過ごし方がある。つまらない無理をしないことだと思う。
 今年の夏はたしかに異常だけれど,この異常がこれからは普通になるのかもしれないという気もするね。ヒートアイランド現象と言われるけれど,日本列島は北海道を除いて亜熱帯になったと思えば,今起きている事象のかなりの部分が腑に落ちるのではないかと思っている。

2010.08.15 Seven☆Star Orchestra第2回演奏会


ティアラこうとう大ホール

● 15日(日)「ティアラこうとう」でSeven Star Orchestraの第2回演奏会があったので,聴きに行った。
 昨年もちょうどこの日に,第1回目の演奏会を聴いた。偶然だったんですけどね。それでこのアマチュアオーケストラが好きになってしまった。そのときはベートーヴェンの第7番を演奏したんだけれども,その演奏に魅せられたわけです。

● もうひとつ,女子団員のステージ衣装のカラフルさ。それまではステージ衣装とは黒いものだと思っていた。そこへこのカラフルさは斬新だった。華やかだったしきれいだった。
 ステージに出る以上,演奏のみで勝負するなんて言っていてはいけない。ビジュアルを軽んずべからず。

● 今回はドヴォルザークの第7番とスメタナの交響詩「わが祖国」より「モルダウ」「シャールカ」「ボヘミアの森と草原から」の3曲。
 コンミスの高田さん,ダイナミックにヴァイオリンを弾く。

● 女子団員のカラフルは今回も健在で,これだけでもわざわざ栃木から足を運んだ甲斐があったというものだ。
 指揮者の河上隆介さんのパフォーマンスが団員と客席の笑いを誘っていた。団員をリラックスさせようとしてやっているわけではなく,天然なのだと思える。前回に比して,存在感を増していたのは慶賀の至りだ。

● 外は猛暑。なのにホールの中は冷房が効いてて涼しいこと。この環境でオーケストラの生演奏を聴けるんだからねぇ。贅沢だぁ。ぼくは王侯貴族かぁ。
 これをひとりで独占できれば,まこと王侯貴族なのだろうが,独占しちゃったんじゃつまらないでしょうね。

● チケットはなし。無料だ。これだけの演奏会を無料で開催するとは太っ腹である。座席の8割は埋まっていた。
 ホールに涼みにきてる人もいたけどね。隣席のオバチャンは,最初から最後まで気持ちよさそうに寝てました。

● 作曲家の「7」に注目するというわかったようなわからないような趣旨で結成された楽団だから,7ある限りそれらを選曲し続けるのだろう。マーラーやブルックナーもいるから,当分ネタには困らないだろうけれど(マーラーの7番をどうやって舞台にかけるのかってのは,別の問題としてね)。

● ちなみに,次回はチャイコフスキーなのだが,チャイコフスキーに第7番なんてあったけ。6番の「悲愴」で終わっていたのじゃなかったっけ。
 プログラムの予告編にはマンフレッド交響曲と記されているんだけど,これは7番と称されているものとは違うよね。
  「第5交響曲を完成させた後、第1楽章の228小節まで作ったところで中断した作品」で「書きかけの第1楽章だけでピアノ協奏曲第3番として完成させた」ものがあるらしい。あとで,ソ連の作曲家ボガティレフが復元したものらしいんだけど。でも,この「交響曲変ホ長調」はマンフレッド交響曲とは別物だよなぁ。

2010.08.07 東京交響楽団特別演奏会プレ・イベント

那須野が原ハーモニーホール大ホール

● 7日(土)は那須野が原ハーモニーホールに出かけた。午後6時から小さいコンサートがあった(場所は大ホール)。29日に同ホールで東京交響楽団の演奏会があるのだけれども,その演奏会のプレ・イベントが行われたのだ。
 出演者は東京交響楽団の団員たち。田尻順(第1ヴァイオリン),福留史紘(第2ヴァイオリン),西村眞紀(ヴィオラ),西谷牧人(チェロ),近藤千花子(クラリネット)の5人。ほかに,団員ではないけれど,ピアノの渚智佳。

● 曲目はブラームスの「クラリネット五重奏曲 ロ短調」とシューマンの「ピアノ五重奏曲 変ホ長調」の2曲。合間にホール館長の解説が入る。
 ある人がブログに「休憩前に館長による楽曲の解説が…それも,長い…長い…。内容も初心者には分からないし,クラシックファンなら誰でも知っている内容…。演奏は良かっただけに、少し残念」と書いていた。
 ウゥン,このへんの塩梅は難しいかもね。ぼくも,この解説は長すぎたのじゃないかという意見。まず,聴きたい。理屈で聴くわけじゃないから。解説はあとでいい。

● けれども,おまけでこれだけの演奏を聴けるとは幸せだ。何せ,プロの演奏家たちだから,安心して聴いていられる。
 が,今回は(今回も?)雑念との戦いが大変だった。というのも,休憩時間に昔の上司と鉢合わせをしてしまって。もう80歳になるのだろうが,矍鑠としたもんだ。ぼくはこいつが大嫌いで,こいつもぼくを大嫌いで,だからこの日もツンとしたままですれ違ったのだ。大人げないですけどね。
 ということで,後半はこいつが脳内を占拠したままで,追いだすのに手間取ったという次第だった。

2010年7月31日土曜日

2010.07.25 われら音楽仲間この指とまれ 栃木県立図書館ホール

● 25日は県立図書館のクラシック・ライヴ・コンサートに行ってきた。タイトルは「音楽仲間,この指とまれ」。代表者は村上治夫さん(オカリナ奏者)だが,ほかにもホルンやトランペット,フルート,声楽など次々に登場して演奏を披露する。

● 声楽家は中高年女性の3人組。「川の流れのように」ほかを歌った。専門は3人ともクラシックだという。

● 黙って俺たちの演奏を聴けっていうのではなく,皆さんも一緒に楽しみましょうという趣向だ。

2010.07.11 東京大学音楽部管弦楽団サマーコンサート2010

ノバホール 大ホール

● 11日(日)にはつくばに行ってきた。東京大学音楽部管弦楽団は毎年,全国5都市でサマーコンサートなる演奏会を開催している。今年は,つくば,東京,豊田,伊丹,鹿児島で開催する。行くとすれば東京だと思っていたのだけど,思い立つのが遅かったので,東京分はすでにチケット完売。つくばだったらまだ残っていたので,速攻ゲット。

● つくばの街並みはといえば,何もなかったところに人工的に街を造ればだいたいこうなるだろうという趣を湛えていた。海に面してはいないけれども,開放感はタップリある。デパート(西武)がありホテル(オークラ)がある。中空に造った広場があり,プランターの花々が飾られ,大きな木も植わっている。ベンチが置かれ,犬を連れた歩行者や自転車に乗った人が行き交う。
 ビルがいくつか目に入ってくるが,高さの程がいいので圧迫感はない。開放感が保たれている。多摩センター駅前の風景を思いだした。デザインの違いはあるけれど,趣はまったく同じだ。こういうふうになるしかないんだろうなぁと思った。

● 学園都市ができたばかりの頃は,つくば病が喧伝された。飛び降り自殺者が多かったっていうアレですね(高島平でも同じことが起きたね)。今では収まっているのだろうか。
 ということは,街としての体裁が整ってきたっていうか,人間くささが行き渡ってきたということなのだろうかね。

● つくばといえば,筑波大学。
 その筑波大学の構内も歩いてみた。かなり広い敷地で,ぼくが歩いたのは春日地区キャンパスという一画。休日のこととでガランとしていた。自転車で構内を移動する学生が数人いた程度。テニスコートではソフトテニスをしている学生たちがいた。体育館から学生たちの声が聞こえてきた。
 若さとか青春とか,そういう言葉を連想させる光景だ。スポーツって若さのシンボルだもんね。
 けれど,「若さ(青春)=スポーツ」ってのも陳腐きわまる発想で,スポーツにうつつを抜かしている若者たちは,青春をムダにすごしているはずだとも思ってしまう。
 ただし,ムダじゃない過ごし方なんてないのだよね,たぶん。人生なんてしょせんはムダの積み重ねに過ぎない。青春に限った話じゃない。

● 敷地内には学生や非常勤講師のための住宅も建てられている。鉄筋造の集合住宅だ。一般のアパートと同じものだ。筑波大学ができたばかりの頃,学生用住宅で同棲している男女学生が多いと報道されたことがあった。羨ましかったものだが。

● さて,東大音楽部管弦楽団である。
 東大の数ある学生オケの中で,東大音楽部管弦楽団だけは東大純正だ。楽員は全員が東大生。こうした催しでは,同窓会もチケット販売に力を貸すらしい。義理のお客さんもいるのかもしれない。応援にやってくる友人や家族が客席の多くを占めるのかもしれない。
 そうであったとしても,地方都市に出向いて演奏会を開催し,そのチケットを完売できる学生オケがどれほどあるだろうか。東大のネームバリューが与って力あるとしても,お客さんの多くは彼らの実力を知っているのだろう。ぼくは車と電車3つを乗り継いで聴きにきたけれど,ぼく以上に遠方から来ているお客さんもいるだろう。

● ぼくがチケットを申し込んだのは7日の水曜日だった。チケットは届かなかった。おそらく当日渡しになっているのだろうと思って,ためらうことなくつくばまでやってきた。
 会場のノバホールの入口には赤字で完売御礼と書かれた立て札が。これを見てちょっと不安になった。ぼくの分はないんじゃないかって。
 が,そんなことはなく,ぼくのチケットは確保されていた。千円と引替えにチケットを受取り,会場へ。

● 指揮者は三石精一氏。国内の重鎮。東京音大の名誉教授でもある。東大オケでは氏に終身正指揮者の称号を与えている。トレーナーも錚々たるメンバーが多数並んでいる。これだけの環境を整えられる東大オケの実力っていったい。
 この環境があるから上達するのか,もともと巧いからこうした環境を作れるのか。いずれが因でいずれが果かはわからないけれども,ここまでの環境を構築できれば,あとはうまく循環していくんだろうな。

● もうひとつ感じることがあって,それは受付や案内を担当する学生(1年生なのだろうが)の折り目正しさ,礼儀正しさだ。大学生がここまでサービスマンになれてしまうのは不自然だろうと言いたくなるほどだ。
 受付では「ご来場ありがとうございます」と挨拶され,会場の各入口では女子学生が両方の指を前に組み合わせて立っている。もちろん,とまどっているお客さんがいれば声をかける。演奏が終わって出るときには,「またお越しくださいませ」と送りだされた。ホテルマンかおまえらは,と思った。素晴らしいんだけど。
 これって東大生っていう矜持というか,自負があるからこそ,ここまでできるのかもしれないなぁと下司の勘ぐりをしてしまう。いや,ほんとに下司の勘ぐりでしょうね。

● 曲目は,次のとおり。
 ボロディン 歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」
 スメタナ 交響詩「我が祖国」より「モルダウ」「ボヘミアの森と草原より」
 チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調

● 演奏が始まって数秒後には,電車を乗り継いで栃木まで帰らなければならないことや,ヨメのことやムスコのことも,きれいに忘れていた。今,ここ,に集中できた。
 そうさせるだけの技術が彼ら彼女らにはある。技術だけではない。こめた思いの強さというか,この演奏会にかけてきたエネルギーの質量というか,そういったものがきちんと載っているのだ。一心に演奏に集中している彼らの姿勢が美しい。
 耳を奪われ目も奪われた。オーケストラをライブで聴くことの醍醐味ってこれじゃないか。毎度毎度の感想で申しわけないけれど。

● いろんな楽器の音がミックスじゃなく,ひとつになっている。音楽大学ではない一般大学の学生がここまでできるのか。
 「モルダウ」はCDで何度も聴いている。のだが。涙が出そうになった。
 チャイコフスキーの第4番は今年2月に栃響の演奏で聴いている。ぼくはそのとき寝ていたのか。何も憶えていないから。
 けれども,それもどうでもよくなった。ライブは目の前のこの瞬間がすべてだ。この瞬間に没入できれば,1時間後にそれを忘れたって別にかまわないのだ。

● ちなみに次回(来年1月)の定期演奏会ではマーラーを取りあげる(交響曲第1番「巨人」)。マーラーやブルックナーは後期ロマン派のビッグネームだけれど,ライブで聴いたことはない。
 きちんと仕上げるにはそれなりの力量が求められるのだろう。アマオケでマーラーを演奏できる楽団は限られるのじゃあるまいか。来年1月が楽しみだ。

● この楽団の演奏を聴けることがありがたい。しかも,タダ同然の料金だ(往復の交通費が4千5百円。しかし,おかげで筑波に来れたのだ。筑波までの旅行費用であって,これをチケットに上乗せして演奏会のコストを考えるのは間違いだね)。
 大事にお金はかからないのだ。お金にモノ言わせなくても,幸せな時間は持てるのだ。

2010.07.03 シューベルト:ウィーン・ウィーン・ウィーン

那須野が原ハーモニーホール小ホール

● 3日(土)は宇都宮市文化会館で宇大管弦楽団の定期演奏会があった。が,ぼくは行けなかった。というのは,同じ日に那須野が原ハーモニーホールで「レクチャー・コンサート シューベルト」があって,うっかりチケットを買ってしまっていたからだ。
 それでも最後までどっちにしようかと悩んだ(小さい男だねぇ)。結局はホールの良さに惹かれて,北に向かった。

● このレクチャーはじつにお得だった。内容はシューベルトの歌曲に絞って,館長の丹羽正明さんの講義(スライドを使う。難しい話は出てこない)の後,実際の演技を鑑賞する。演じるのは芸大院の卒業生と在学生。若い人たちの演技は何といっても活きがいい。アヴェマリアや鱒,菩提樹などおなじみの曲も含めて18曲を堪能できた。これでチケット代は千円。
 宇大管弦楽団の演奏会にも思いを残しながらだったけれど,とても満足して帰途につくことができた。

● ちなみに,先月から自転車通勤を始めた。片道29キロを自転車で通う。もちろん,毎日ではない。そんなことをしたら死んでしまう。数日に1回,ね。
 那須野が原ハーモニーホールも自転車で行って行けない距離ではないと思うんだけれど,電車で出かけた。帰りは暗くなっているはず。初めての道路をライトを付けて走るのがイヤだったのですね。
 自転車は自分の翼だと思ってるんだけど,この翼,まだまだ使用可能範囲に限定がありますな。その限定を徐々に外していきたいと思ってはいるんだけど。

2010年6月30日水曜日

2010.06.27 東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団第23回定期演奏会

すみだトリフォニーホール大ホール

● 27日は東京に行ってきた。東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団の定期演奏会。場所は錦糸町の「すみだトリフォニーホール」。
 いきなり結論から書くけれども,これはわざわざ電車賃を払って東京まで聴きに行く価値があるものだった。巧い。楽器が完全に体の一部になっている。手練れという言葉が浮かんできた。
 一昨年のコンセール・マロニエ21の弦楽器部門で第1位になったのはヴィオラの金孝珍さんという,韓国籍の女性だったのだが,その金さんが奏者に名を連ねていた。賛助出演ということになっていたが,彼女が一メンバーとして演奏しているのだから,レベルの高さが知れるのではあるまいか。

● 女性奏者の衣装がカラフルで目を奪われた。コンサートドレスというんでしょうね。プロであれアマであれ,たいていの楽団は黒ばかりで,烏の群れになる。それはそれでいいんだけれども,フォイヤーヴェルクはピンクやらブルーやらグリーンやら。深紅もあれば,赤紫も青紫もある。白で裾の長い,まるでウェディングドレスのようなのもあった。
 オーケストラは目をも楽しませるものであるべし,と,ぼくは思っているから,こういうのは大歓迎だ。何といっても,女性奏者はステージ上の花なんですよ。花は花らしくあった方がいいんですよ。

● 指揮者は原田幸一郎氏。プログラムに掲載されたプロフィールによれば,元々は天才ヴァイオリニスト。海外で活躍し,現在は桐朋学園大学教授を務める。

● 曲目はロッシーニ の歌劇「アルジェのイタリア女」序曲,ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」,メンデルスゾーン「交響曲第4番イタリア」。曲毎にコンマスが交替する。奏者も入れ替わる(全員ではないけど)。
 最初の「アルジェのイタリア女」序曲で彼らの凄さがわかった。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソリストは荒井英治さん。現在は東京フィルハーモニー交響楽団のソロ・コンサートマスターとのことだ。
 しかし,そのソリストが邪魔とまでは言わないけれど,君の演奏よりバックのオーケストラを聴いていたいんだけど,っていう感じでしたね。

● メンデルスゾーンの第4番は何度も聴いている。ヴァイオリン協奏曲ホ短調の印象はあまりにも強烈だけど,交響曲の4番もいい。この曲からぼくが感じるのは「誠実」。メンデルスゾーンは誠実の人だったに違いないと勝手に思っている。
 もっとも,作品と作者の人柄とは全くの別物だと思った方がいいのだろうから(その典型例がモーツァルト),メンデルスゾーンが本当にそうだったのかどうかは,もちろんぼくの知るところではない。

● フォイヤーヴェルク管弦楽団の演奏は最後まで集中が切れることがなかった。たいしたものだ。ひとつの楽章の演奏が終わって次の楽章に移るまでの間が短いのも好印象。プロっぽいっていうか。いや,本当に,セミプロ級だと思った。
 この楽団は東京大学の名を冠してはいるけれども,学生の出自は東大だけではなく,多岐に亘っている(コンマスを務めた3人のうち,東大生は一人だけ。楽員代表も東大生ではない)。音楽大学に在籍している人も多い。
 大学生に限ったわけでもない。院生も社会人もいるようだ。あちこちから上質な上澄みを集めている感じだ。

● プログラムにもオチャラケは一切ない。大学オケの演奏会のプログラムってのは,客席にいるのも大学生だけっていう前提にたっているんじゃないかと思いたくなるものが多い。パートごとにオフザケ感いっぱいにメンバーを紹介していたりね。学生どおしのノリで終始している。それはそれでいいんだけどね。
 が,この楽団ではそれはなし(5月に聴いた東大音楽部管弦楽団のプログラムもシックなもので,オチャラケはなかった)。気分はプロ。

● で,ぼく,この楽団の賛助会員になっている。年会費6千円を払っている。その見返りは何かといえば,VIP待遇だ。年2回の定期演奏会のチケットは指定席で送ってくれる。
 この楽団の実力を知っている人はたくさんいるようで,演奏会当日は一般客で混み合うのだが,ぼくら賛助会員はその混雑をよそに別口から入場できる。入場すれば特等席が指定されている。この日のぼくの席は2階席の一番前の真ん中。ステージまで距離はあるけれども,何物にも遮られることなく,ステージが一望できた。
 演奏会の録音CDも送ってくれる。この演奏をCDで聴き直せるとは楽しみなことだ。ライブなしでいきなりCDだと,ぼくの耳では何も感じないと思うけれど,生の演奏を聴いていれば,CDからぼくの頭脳が再生できる事柄はグンと多くなるだろう。

2010.06.10 チャリティーコンサート2010in栃木

栃木県総合文化センター メインホール

● 10日は総合文化センターで「チャリティーコンサート2010in栃木」というのがあった。県とAflacの共催(実質負担はAflacだろう)。コンサートを無料で開催して,会場内で募金を募る。あるいは出演者のサイン入りCDを販売し,その一部を小児ガン患者のために寄付する。
 併せて,がん検診についての啓発を図る。趣旨はそいういうこと。事前に知らされていたので,ぼくも募金に応じた。千円以上募金すると,アフラックダックがもらえる。テレビCMでアフラックと発するアヒルが登場するが,その人形で,頭を叩いてやると同じようにアフラックと言う。

● 出演者はまず宇都宮北高校の吹奏楽部。「星条旗よ永遠なれ」「ウェストサイドストーリー」「聖者の行進」の3曲を披露した。5月に定期演奏会があった。チケットも買っていたのだけれど,結局行けなかった。そのことがあらためて残念に思われた。
 つまり,聴くに耐える演奏,あるいは見るに耐える演奏を披露してくれた。かなりのできばえだった。
 「ウェストサイドストーリー」はダンスも付いた。ミュージカル仕立てというわけだ。さすがにダンスは素人の域を出ていなかったけれども,意気込みは伝わってくる。惜しむらくは,男女比のアンバランスが極端だったこと。男役と女役で5人ずつ登場したのだけれど,男子生徒は一人しかいなかった。悪役警官も女子生徒で,これはちょっと厳しい。部員は81名を数えるが(在校生の1割は吹奏楽部の部員ってことだ),女子が71名だそうだ。

● 指導者は菊川祐一さんで,昨年12月の宇高・宇女高合同の第九でテノールのソリストを務めた人だ。熱心な指導者がいると,若い高校生はグングン伸びていくのだろうが,普通科の県立の高校でもここまで行けるのか。たぶん,吹奏楽をやりたいから宇北に入学したっていう生徒もいるんだろうな。
 平日は毎日3時間,休日は終日,練習しているそうだ。高校の部活だとこれくらいはあたりまえなのかもしれないが,演奏が好きで,負けず嫌いじゃないと,なかなか続かないだろう。となると,女子生徒が多いのもむべなるかなってことですかね。

● 次は「より子」さん。宇都宮で生まれたそうだが,宇都宮には1年しかいなかった。2歳から6歳まで小児ガンを患った経験がある。卵巣腫瘍だったらしい。22歳で再び卵巣に腫瘍が見つかったが,これは良性だったという。子供の頃はディズニーの歌を聴きながら育ったそうだ。
 シンガソングライターで,ピアノの弾き語りが彼女のスタイル。声や曲はともかく,問題は詩。シンガソングライターに共通の難点。ZARDの坂井泉水なんかもそうだったのだけど,詩が良くないと繰り返して聴く気にはならないものだ。
 たんに気持ちを浮かんだ言葉に置き換えるんじゃなくて,そこからどこまで磨くかってのが問題。この辺が課題なんでしょうね。
 さだまさしや尾崎豊のような例外はいるんだけれどもね。って,おまえに言う資格があるのかってことだよね。

● でも,彼女が上に書いたような自分の生い立ちを自分の言葉で語るところは,説得力がありましたよ。
 母親がどんな気持ちだったかと今にして思うとか,今日できることは全部今日のうちにやってしまいたい,できれば明日のことも今日やっておきたいと思っていた,生き急いできた,けれども22歳で二度目の腫瘍が見つかったときに,自分が多くの人に支えられていたことに気づいて気持ちが楽になったとか,病気は時に悪さもするけれど,自分の一部で愛しい存在だ,いろんなことを私に教えてくれた,病気を自分の敵だと思ったことはない,とか。

● 15分の休憩の後,第2部。この時点で8時になっていた。第2部は早見優とタイムファイブの歌。
 早見優は言うまでもない売れ子歌手・タレントだった人。今でも芸能界のフロントに生き残っているのはたいしたものだ。しかも,結婚して二児の母になっている。帰国子女のバイリンガル。芸能界には珍しい普通の家庭の出っていう印象。
 テレビで見る彼女の歌は音程が不安定だったり,声量が足りなかったり,あまり上手とはいえないなと思わせるものだが,舞台の彼女はプロだったんだと思わせる歌いぶりだった。
 ぼくは左袖に近いところに座っていたのだが,彼女がこちらに近づいてくるとドキドキした。芸能人オーラが出ていて。先日,東大で矢沢永吉を見たときにも感じたことだけれど,多くのファンが芸能歌手のライブで恍惚となっている理由がわかったように思った。
 ありがたいことに,ちょっと出て消えるのではなく,衣装を替えてずっとステージにいてくれた。往年のヒット曲もメドレーで歌ってくれた。ぼくのアイドルは一にも二にも山口百恵で,早見優が売れていたときは,ぼくの青春時代は終わっていたのだけれども。

● タイムファイブは5人組のジャズボーカル。今のメンバーで42年も活動しているという。CMソングでいくつもヒット曲を持っている。それらを披露してくれた。

● 彼らのステージ上にはMacBookProがあった。東大の五月祭でも野外ステージの隣に設えられた本部テントにMacBookProが置かれていたのを思いだした。こういうところではリンゴ印のパソコンが活躍してますね。

● クラシック以外の要素が入った音楽のステージはこれが3度目になる。
 クラシックでは基本的にステージは無言だ。曲の紹介はプログラムに語らせる。指揮者も奏者も何も語らない。しかし,クラシック以外のステージは賑やかだ。客席に手拍子を要求したり,レッツ・ジョイン・アスを何度も仕掛けてくる。この仕掛けには乗るのが吉ですね。
 が,ひとりで行っていると乗りにくい。クラシックのコンサートはひとりで行くに限ると思っているけれど,こういうのは隣に誰かいてくれた方が乗りやすいなぁと思った。聴きにいくスタイルはコンサートのジャンルによって変えるべし。

2010.06.06 栃木県交響楽団第89回定期演奏会

宇都宮市文化会館大ホール

●  6月6日(日)は2時から栃響の定期演奏会。場所は宇都宮市文化会館大ホール。
 曲目はオールブラームス。「大学祝典序曲」「ピアノ協奏曲第2番」「交響曲第1番」。指揮は末廣誠さんで,ソリスト(ピアノ)は鈴木慎崇さん。

● 「悲劇的序曲」は去年二度聴いているんだけど,「大学祝典序曲」は今回が初めて。「ピアノ協奏曲第2番」も初めて。たぶんCDを聴いたこともないと思う。「交響曲第1番」は三度目になる。

● ここのところマメに聴いているから,ひょっとしてコンサート馴れしちゃってて,こちらの態度が緊張感を欠いていたかもしれない。
 コンサートは耳だけではなくて,目でも味わうものだ。自分の目の前で音が紡がれる。紡ぎ手の表情や動作がそのままそっくり自分の網膜に入ってくる。それがライブの醍醐味だろう。
 わずか映画1本分の料金でそれを味わうことができる。ありがたいなという思いに変わりはない。

● ところで,ぼくは毎回ひとりで出かけている。隣に知り合いがいるという状況は好ましいものではないと思っているので,ひとりで行くのは苦にならないどころか,ひとりに勝るものはないと思っている。
 で,自分と同じようにひとりで来ている人には親近感を抱いてしまう。それが若くてキレイめな女性だったりすると尚更ね(昔のようにきれいな女性を見てもときめかなくなっているのは自覚してて,そんなことではいかんと思っている)。

2010.06.01 FMシンフォニーコンサート(東京フィルハーモニー交響楽団)


宇都宮市文化会館大ホール

● 次は6月1日。宇都宮市文化会館大ホールで「FMシンフォニーコンサート」があった。NHK-FMの公開録音ですね。開演は6時半。

● 久しぶりに東武電車で乗ってみる気になった。ひと駅乗って,南宇都宮で下車。小さな旅をしているという思いがあった。お金をかけなてくも,遠くへ行かなくても,旅ってできる。

● 5時半に文化会館に到着。正面入口の前から長い行列ができていた。ぼくも最後尾に並んだ。今回の演奏会は無料。整理券が必要だが,それは事前にNHKに申し込んで応募者多数の場合は抽選ということだった。ぼくも申し込んでめでたく整理券が返送されてきたというわけだ。往復ハガキをここまで有効に使えたことはなかったかもしれない。

● 演奏するのは東京フィルハーモニー交響楽団。プロのオーケストラの演奏をタダで聴けるわけだから,この行列にも納得がいく。
 大ホールの座席はほぼ満席。ところどころに空きはあるが(ぼくの右隣も空いていた),ギッシリと人で埋まった。
 とはいっても,クラシック音楽のコンサートなんかタダでも願い下げっていう人が多いだろうから,やはり貴重な人たちといっていいのかも。以前のぼくも,縁なき衆生のひとりだったわけだけど。

● 曲目はオールベートーヴェン。エグモント序曲にピアノ協奏曲第3番,交響曲第6番「田園」。指揮者は曽我大介氏の予定が急病のため渡邊一正氏に変更。ソリスト(ピアノ)は若林顕氏。輝かしい受賞歴を持ち,現在は桐朋の教授も務めている。
 この楽団はNHK交響楽団と違って,女性奏者が多かった。コンサートマスターは外国人男性。
 さすがはプロの安定感。細かいところまで神経が行き届いている。届かそうとしないでも届く感じっていうか。こういうのを達者というのだろう。何せ,これがNHK-FMで放送されるのだしね。

● 個性的な弾き方をする奏者もいた。コントラバスの男性はあの大きな楽器をスイングさせながら,体を大きく振りながら演奏する。プロレスをしているのか,おまえは,と突っこみたくなった。こういうのを見て真似するアマチュアが出るだろうな。
 クラリネットの女性奏者の髪型が,中学生のときに憧れていた女子のそれと同じで,懐かしかった。どうでもいいでしょうけど,ぼく,ショートヘアが好きなんですよね。彼女をじっと見てましたね。オペラグラスを持ってくればよかったと思った。

● 次々に紡ぎだされる音楽を聴きながら,とても贅沢な時間を過ごしているなと自覚した。これが東京なら帰りの電車を気にしなければならないところだ。宇都宮だからそんな無粋なことをしなくてすむ。
 「田園」を聴いているとヨーロッパの田舎の風景が浮かんでくる。しばし,その風景の中で遊んでみる。こういう時間が持てる自分の境遇を自分で言祝ぎたくなる。何者かに感謝したくなる。
 ぼくだけのことではない。客席も大いに盛りあがった。盛大な拍手で奏者を乗せた。客席のマナーは拍手を惜しまないことだとあらためて教えてもらった。

● どの曲目でもそうだけれど,弦は最初から最後まで出ずっぱりだ。一方,管は控えている時間が長い。出ずっぱりだったら,血圧が上がって死んでしまう(んなこたぁないか)。

● 東京フィルハーモニー交響楽団,プロだけど気さくな感じですな。団員が160人いるので,演奏メンバーはその都度違うだろう。いつも今回のメンバーで演奏するわけではないのだろう。にしても,この楽団の演奏を聴く次の機会があれば。
 今回に関していえば,NHKさん,ありがとう,ということです。これだけの演奏をタダで聴ける機会を与えてもらったわけだから。

2010年5月31日月曜日

2010.05.30 東京大学第83回五月祭-東京大学フィロムジカ交響楽団・東京大学フォイヤーベルク管弦楽団・東京大学音楽部管弦楽団・東京大学吹奏楽部


東京大学本郷キャンパス 安田講堂

● 5月は29~30日の2日間,東大本郷キャンパスで「五月祭」が行われる。東大にいくつもある管弦楽団や歌劇団がそれぞれ演奏会を実施する。2日間とも出かけてみたいと思っている。
 昨年11月の「駒場祭」はヨメの入院騒ぎなどがあって,とても東京に行くなんて許されなかったけど,今度は行くぞ,と。

● 東大音楽部管弦楽団の演奏を1月に聴いているのだが,これはわざわざ聴きに行く価値のあるものだった。それをもう一度聴けるのだと思うと,ちょっと気持ちが浮きたつ。
 日本でもラ・フォル・ジュルネ的なものが根づいたかのようだけれども,「駒場祭」や「五月祭」はミニ・ジュルネといってもいいんじゃなかろうか。管弦楽から室内弦楽,ピアノやホルンの演奏まで,さまざまなアンサンブルがある。ぼくは管弦楽を中心に聴きたいと思っているけれど,聴きたいものが何であれ,リクエストに応じてくれる品揃え。

● 今の時点(5月11日)で各企画の内容と日程が固まっているようで,サイトで検索できるようになっている。このスピードもたいしたもので,たぶん東大ならではの段取りの良さだと思う。これだけ大規模な催事をこうまで手際よくまとめていく実行委員会の学生たちはたいしたものだ。ノウハウのストックが膨大にあるのだろうけどね。
 ちなみに,他の大学ではギリギリまで載らない。あるいは当日になっても載っていないってこともあるからね。

● 結局,29日は出かけられなかった。休日出勤したので。ま,休日に出勤してもさほど能率は上がらないってのは,これまでの経験から鉄壁の法則だと思っているんだけれども,どこかに甘さがあるんでしょうね。休日にやればいいやっていう。

● 30日には行ってきました。50歳を過ぎた男がひとりで行くとかなり目立つかと多少の不安があった。杞憂だった。上野公園の雑踏がそのまま東大構内に平行移動したような様相を呈していた。
 まず,来場者の数が半端じゃない。相当な人口密度でまっすぐには歩けない。

 来場者の様相も上野公園にあるものはすべて揃っている。まず目立つのは女子高校生のグループ。東大を目指したいと思っているわけではなさげ。

● それらの人たちが構内のそちこちで写真を撮りあっている。東大は一大観光名所なのだ。
 若い男女のカップルもいるし,小さい子供を連れた親子連れもいる。熟年の夫婦も多い。東大生の父兄なのかもしれないし,OB・OGなのかもしれない。そのどちらでもないのかもしれない。数人で連れ立っている中学生や小学生も。

 ぼくのような単独行動者も年齢を問わずに存在する。ホームレスとおぼしき人までいる。


● また,これらの雑多な来場者の要求に応えられるだけの種々雑多なアトラクションを東大(学生)側が用意していることにも驚いた。ぼくは上野駅から歩いて裏口から入学したので,受け取ることはなかったのだけど,この大学祭のプログラムはかなりの厚さの冊子になっている。

● 外に出ている模擬店は東大だからといって変わったところはない。着ぐるみやメイドカフェのコスチュームを着た女子学生が呼びこみをしていたり,男子学生が大声を出していたり。若者が思い思いにエネルギーを発散している。
 けれども,路地を避けて建物に入ると,そこでは模擬裁判とか学術講演会とか公開実験とか,東大ならではの催しが(たぶん,ひっそりと)行われている。

● ぼくは管弦楽を聴きに来た。まっすぐ安田講堂に向かった。ちょっとドキドキしましたね。中に入るときに。安田講堂は東大の象徴で,劣等生だったぼくには永遠の憧れってところがあったから。
 その安田講堂の赤絨毯を踏んで2階席へ。何か,自動的に2階に導かれたような感じなのだが,もちろん1階席にもお客さんが座っている。

● 正午過ぎから東京大学フィロムジカ交響楽団の演奏会。20分ほど前に着席した。団員がステージで最後の練習をしていた。公開練習になってましたね。めったに見られない光景なので,ありがたく拝見させていただいた。
 演しものはロッシーニの「セビリアの理髪師」序曲,シューベルト「未完成」とシベリウス「交響曲第2番」をそれぞれ抜粋で。時間枠が1時間なので,抜粋なのは仕方がない。6月20日に定期演奏会があるので,今回はそのための模擬演奏会でもある。
 指揮者は小笠原吉秀氏。プログラムによれば国立音大から日大芸術の院に進んで指揮を勉強したとある。

● さて,その演奏である。東大では音楽部管弦楽団とフォイヤーベルク管弦楽団の2つがすごいと聞いていた。が,このフィロムジカ交響楽団も相当なものだ。凛とした演奏を堪能した。東大が中心だけれども,他大学の学生も含めて,現在150名の団員を抱えているらしい。レベルの高い学生が集まっている東京ならではの集合体だろう。

● 次は東京大学フォイヤーベルク管弦楽団。この楽団も東大の名を冠してはいるけれども,他大学の学生も加わっている。その数は決して少なくない。今年は楽団代表からして東大生ではない。
 開始予定が30分遅れて2時ちょうどに始まった。演奏時間は45分。こちらはあまり気合いが入っていない様子。ほかの楽団も出るからウチもお付き合いしておくかっていうところか。普段着でステージに登場した。
 演しものはモーツァルト「交響曲29番」の第1楽章,シュトラウスの「13楽器のためのセレナード 変ホ長調」,ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」の第2楽章と第3楽章。こちらも6月27日に定期演奏会を予定しており,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はそちらの演しものにもなっている。

● 「交響曲29番」はモーツァルトが18歳のときに,「13楽器のためのセレナード」はシュトラウスが17歳のときに作曲した。この世界には早熟の天才が雲霞のごとく存在しますね。天才が最も見えやすい世界なのではあるまいか。
 指揮者はなし。「13楽器のためのセレナード」は室内管楽だから指揮者なしでいいし,「ヴァイオリン協奏曲」もソリストが指揮者を兼ねればいい。でも,交響曲まで指揮者なしで演奏できるんですな。
 ソリストは前田尚德氏。東大を1年で中退し,桐朋に転じた人。東大をパッと捨てられるところが格好いい。

● フォイヤーベルクについては,今年度からぼくは賛助会員になっている。年会費6千円を納めた。それで2回の定期演奏会の指定席チケットと録音CD,会報が送られてくる。6千円では申し訳ないようなサービスが受けられるわけだが,要はこの楽団に対して勝手に思いをこめているってことですね。
 それで,今回も期待とともに開演を待ったのだが,上記のような次第で,ちょっと期待をはずされたかなという印象。とはいえ,素敵に上手いのは確かなこと。

● ところで,安田講堂の前に野外ステージが設えられていた。フィロムジカの演奏が終わった後,その野外ステージの回りが騒々しい。何事かと思って出てみれば,ステージ上に矢沢永吉がいるではないか。
 来場者は大喜び。ぼくも自分のラッキーを喜んだ。テレビでしか見たことのないロックシンガーのライブに立ち会えるとは。
 翌日の新聞が報道していたのだが,それによれば,サプライズ出演だったようで,プログラムには掲載されていなかった(掲載してたらパニックが起きそうだ)。

● 隅っこから遠巻きに見たにとどまるけれど,60歳を過ぎても矢沢にはとんでもないオーラがあった。圧倒的な声量と声域。今まで,アイドル歌手のコンサートで熱狂しているファンが映しだされると,何だこいつらと小馬鹿にしていたけれども,同じ状況に置かれればぼくも同じ反応をするのだな,と。
 早々に彼は帰っていった。時間にすれば30分もあったかどうか。新聞によると彼は4曲歌ったようだ。ぼくが聴いたのは3曲。充分に満足させる何かを矢沢は確かに持っていた。
 それにしたって,東大価格ってのがあるのかもしれないけれど,東大側は相当なお金を支払っているのだろうし,大学祭に矢沢を呼べる大学って,そんなにないよねぇ。

● さて,次は東京大学音楽部管弦楽団
 1月に定期演奏会に行った。彼らの実力はわかっている。お客さんも同じと見えて,先の2つに比べて客の入りが違う。安田講堂の座席がほぼ埋まった感じ。
 先の2つは空席がまとまって存在したんだけれど,今度はそれがなかった。集客力はこの楽団が随一。
 この楽団は東大純正で,そのせいか気合いの入り方も随一で,高い水準の演奏を楽しむことができた。

● 曲目はバーンスタイン「キャンディード序曲」,ベートーヴェンの第7番第1楽章,チャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」から抜粋,運動会メドレーと題して「地獄のオルフェ」「クシコス・ポスト」「ウィリアムテル」の「スイス軍の行進」,マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲」,ディズニーメドレー。
 運動会メドレーが圧巻の演奏。聞き慣れている曲も,きちんとした演奏で聴くと,こういう曲だったのかと蒙が啓かれる思いがする。ディズニーメドレーも同じだ。聴くに堪える曲だったってことがわかる。

● 指揮者はこの楽団の副指揮者の田代俊文氏。学生オケなのに名誉指揮者と終身正指揮者とふたりの副指揮者がいる。トレーナーも錚々たるメンバーで,これって東大っていうネームバリューだけでできることじゃない。実力が伴ってこそ,叶えられる。
 背筋が伸びたファーストヴァイオリンの女子奏者の佇まいも印象に残っている。背中しか見えなかったんだけど,ゆるみのないその姿勢に,こういうふうに人生を生きていればなぁと五十翁は嘆息まじりに思うのだった。

● 最後は東京大学吹奏楽部。プログラムに掲載されていた部員名簿によると,少数の東大男子と多数の他大学女子で構成されている(ごく少数だけれども,他大学男子と東大女子も存在する)。
 管弦楽と吹奏楽の違いは,弦楽器があるかどうかにとどまらず,文化の違いもあるようだ。軍隊調というか体育会系気質というか,動きがキビキビしている。吹奏楽を聴くのは今回が2度目で,前回聴いたのが自衛隊音楽隊だったから,それに引き寄せて見てしまっているのかもしれないけれど。
 また,吹奏楽がよく取りあげる曲目もあるんですね。管弦楽用の音楽を吹奏楽用に編集しなおしてっていうのではなくて,初めから吹奏楽を想定して書かれた楽曲があって,そういうものが演奏される機会が多いようだ。ま,そんなことも知らなかったってわけで。

● 電車賃をかけて行く価値はあったと思う。矢沢永吉のサプライズがなくても。満足して帰途についた。目下のところは仕事には憂いはない。家庭には大きな問題を抱えているけれども,これとて考え方次第だ。満ち足りた思いで不忍池のほとりを歩き,上野駅に向かった。

2010.05.26 間奏14:老後が楽しみ


● 車の車検で一日だけ代車で出勤した。いつも車中で聴いている音楽は聴けなかった。けれども,代車にもラジオは付いていて,ちょうどぼくの出勤時間にはNHK-FMでクラシックをかけているのだった。
 ぼくの学生時代はクラシック音楽の音源はFMだけだった。もちろんレコードやステレオはあったわけだけど,貧乏学生には手が出るシロモノじゃなかったから。ステレオは何とか買えても,レコードをどんどん買っていくってのがあり得ない状況だった。
 ラジカセでFM放送をカセットテープに録音することが,コレクションを増やす唯一の方法だった。
 そんなことを思いだしながら久しぶりにFMを聴いたんだけれども,これって意外にいいかも。CDだと自分の好きな音楽しか聴かないことになるけれど,FMなら自分の知らなかった曲も含めて,聴く曲の範囲が否応なしに広がる。すべて自分の意思で制御できる聴き方に比べて,曲との出会いが格段に増えるだろう。その効用は大きいんじゃなかなって。

● 最近は老後を考える。目下の家庭の事情からすると,60歳で悠々自適の生活に移行することは,許されないようだ。若い頃はトットと隠居して悠々自適というか,何もしないで暮らせたらなぁと夢想したものだけどね。
 自分の父親を見ててもそう思う。父親は80歳近い。さすがに今では仕事もできなくなっているが,気持ちはまだまだ若い。
 悠々自適というのは,その基盤が脆弱たらざるを得ないように思う。つまり,生活の舞台がひとつしかないわけだから,どうしたって不安定になる。仕事をしていれば,少なくとも2つの舞台を確保することができる。家と職場と。その方が安定する。

● とはいっても,いつまでも仕事はできない。っていうか,させてもらえない。70歳を過ぎたらどうしようかと考える。
 じつは,これを考えるのが楽しい。自分が若い頃に,したくてもできなかったことをやってみたい。

● 楽器の演奏もそのひとつだ。クラリネットかフルートがいい。ヨメは中学生のときに吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。が,それが理由じゃない。第一,そのヨメは今では音楽とは無縁の生活だしね。
 モーツァルトのクラリネット協奏曲を管弦楽をバックに演奏できたらすごいと思うからだ。夢のまた夢だけど。
 っていうかさ,やっぱり楽器はやらないな。聴く時間が減ってしまうもの。

2010.05.25 間奏13:オーディオマニアにはなれない


● 世にオーディオマニアと呼ばれる人たちがいる。この世界は凝りだすとコストは青天井。家の2軒分や3軒分は覚悟しなければならない。そのことは知ってはいたけれども,先日,田中伊佐資『ぼくのオーディオ ジコマン開陳』(ブルース・インターアクションズ)を読んで,その凄まじさにたまげてしまった。
 なるほどここまですれば,自宅でホールの音を再現することができるのだろう。しかし,常人にはできない相談だ。そんなことをするより,毎日でもライブに通った方がずっと安あがりというものだ(毎日となると,東京に住んでないといけないけど)。

● また,オーディオマニアはCDよりもレコードにこだわるものでもあるらしい。ぼくは(ぼくに限らずほとんどの人が同じだと思うが)完全にデジタル派だ。CDが出てからはレコードは眼中になくなったし,レコードの再生装置も処分してしまった(はるかな昔のことだ)。
 今ではCDをパソコンに取りこんでいる。音楽はパソコンで聴くものになった。あるいはパソコンからケータイに転送して聴くものになった。すでに何度も書いているけれども,この利便性は抗いがたいほどに大きい。音楽を聴くためだけにパソコンを買う価値があると思っている。

● しかし,音をデジタル化してCDに保存することは,音の幾分かを捨てることでもある。正確なところはぼくの理解を超えるけれども,デジタル化ってのは音を時間軸で細かく区切って,その断面の音を0か1かに振り分けることなのだろう。時間は連続しているものだから,いかに細かく区切ろうとも,必ず漏れる部分がある道理だ。
 それをパソコンに取りこむと,ここでまたデータが圧縮される。データ圧縮とは(またまた正確なところはわからないのだが)重要なデータとそうでないデータを区分して,重要でないデータを捨てることによってデータ量を小さくすることだ。当然,捨てられる部分が出ることになる。利便性と引換えに音を捨てている。

● そうしたものをいかに完璧なオーディオ設備で再生しようとも,そもそも捨てられた音があるわけだからね,ライブと同じ音になるのかどうか。
 であれば,普段はCDプレーヤーなりパソコンで聴いている人は,いっそライブで丸ごとの音を聴く機会を作った方がいいのではないか。

2010.05.22 真岡市民交響楽団第43回定期演奏会

真岡市民会館大ホール

● 22日(土)は真岡市民交響楽団の定期演奏会。18時から真岡市民会館大ホール。何をおいても,これだけは行くぞと思っている。大恩があると思いこんでいる。昨年の今月の9日に開催されたこの楽団の定期演奏会がぼくにオーケストラのライブを聴く趣味をもたらしてくれたのだから。
 実際は,たまたま最初に聴いたのが真岡市民交響楽団だったってこと。それだけのこと。ぼくの気持ちの中で着火点は近づいていた。いずれは火が着いたはずだ。
 けれども,そこが縁というものだ。最初に聴いたのが真岡市民交響楽団だった。なぜそうなったのかはどうでもいい。この事実が大きい。

● 今回の曲目はシベリウス「春の歌」,ビゼー「アルルの女 第1組曲」,ブラームス「交響曲第4番」。ブラームスの4番は栃響の演奏で一度聴いているが,あとの2つは初めて聴くもの。
 チケットは5百円。4日前に聴いたN響の10分の1だ。しかし,その価値も10分の1しかないか。そんなことはない。
 そのものの価値は,まわりの状況から隔絶してそれ自体で独立して存在しているものではない。ぼくの耳,鑑賞能力との相関で決まるものだ。自分にとって価値があるかどうかだ。

● 地方の演奏会ではいつも感じることだけれども,どう見ても音楽に縁がありそうには思えないオジチャンオバチャンやオジイチャンオバアチャンがけっこうな数いる。団員の親とか祖父母だったりするのかもしれない。団員にチケットのノルマが課せられていて,家族や親戚に買ってもらっているのかもしれない。
 だからといって,彼らのマナーに問題があるわけではない。おとなしく聴いて,おとなしく帰って行く。子や孫の顔を確認できて満足そうだったりする。

● 小中学生も多い。部活で吹奏楽をやっている子たちだろうか。あるいは団員の子弟でもあるのだろうか。彼らの年齢からオーケストラをライブで聴くことができるなんて羨ましい。ぼくが彼らの頃には,とてもそんな環境ではなかったから(コンサートホールの存在じたいを知らなかった),ジェラシーすら感じてしまう。
 でも,もし今と同じ環境が当時あったとしても,やはりぼくはホールに足を運ぶことはなかったろう。それが容易に想像できることがまた悔しさにつながる。

● シベリウスの「春の歌」。プログラムでも解説されていたが,タイトルから中身を想像すると間違う。
 「アルルの女」は中学校の音楽の時間で聴いたのが最初だ(と記憶する)けど,出だしの勇壮なメロディは一度聴けば忘れるはずがない。
 ブラームスの4番。ステージから醸し出されてくる心地よい緊張感。今年の8月にも東京交響楽団の演奏で聴く予定だ。

● 指揮台のうえに楽譜はない。指揮者は高根沢町出身の佐藤和男氏。氏は暗譜する主義のようだ。
 初めてのライブが佐藤氏の指揮だったから,指揮者はみんなそうなのかと思った。が,ぜんぜんそうじゃないんですな。

● アンコールはビゼー「アルルの女 第2組曲」のメヌエット。ハープとフルートの掛けあい。こういうのを聴くと,自分も楽器を弾けるようになりたいと思う。オーケストラの一員に加えてもらって,ステージに立てたらすごいな。

● これが今年19回目のコンサートになる。回数だけはけっこうすごいでしょ。県内の文化会館や市民会館などのホームページをこまめにチェックしているのと,毎週金曜日の「よみうり栃木」(わが家では読売新聞を購読している)を情報源にしている。
 クラシック音楽関連があれば,ダボハゼのように喰いついている結果だ。たまに東京に出かける。主には「青春18きっぷ」が使える時期に限られるのだけれども。

2010.05.18 NHK交響楽団特別演奏会

かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

● 所用で東京に出る機会があった。どうせなら県内ではやっていないコンサートを聴きたい。
 で,ネットであれこれ探したんだけど,平日ゆえ,アマオケの演奏会は皆無(土日祝日に集中しますね)。が,NHK交響楽団の演奏会があるのを見つけた。「かつしかシンフォニーヒルズ」で18時半から。場所は上野から京成で行けるところ。時間もちょうどいい。これを聴いて帰ることにした。
 チケットはネットで予約できる。B席で5千円。こづかいが週7千円のぼくにすれば,けっこうな負担。これまでコンサートに投じた額の最高値は4千円だから,今回,記録を更新した。でも,これで快に満ちた2時間を過ごせるなら,5千円は許容範囲だ。外で酒を呑むのに比べれば安いものだ。呑みに行くことじたいが今ではめっきり少なくなっているわけだが。

● ぼくの席は2階バルコニー席。ステージに近くてちょうど上から見下ろす感じ。普通だとステージの手前に陣どる弦楽器の奏者がどうしても視界の大半を占めることになるのだが,今回は管も含めて奏者全員が同じ大きさで眼に入ってくる。N響の演奏会はこれが二度目になるが,前回の総文センターではステージのはるか遠くの席だった。それに比べるとずっといい席。ただし,転落防止の鉄柵が視界に入ってきて,眺望を妨げる。

● 席の埋まり具合は9割以上。ぼくの左隣は女性30歳くらいの女性。眼鏡にマスクといういでたち。左はアラフォーとおぼしきやはり女の人。
 彼女は満足そうにステージを見やっていた。休憩時間にソリストのCDを買ったらしい。音楽が好きで,それなりに資金も投下しているのだろう。ぼくのように図書館から借りてすませるのではないらしい。あまり露骨に眺めるわけにはいかないが,良かったですねと声をかけてあげたくなる。楽しんでいる様子が伝わってきて,こちらまで嬉しくなってきた。

● アマオケに比べると,出演者に女性が少ない。ヴァイオリンも男性の方が多い。年配者もいるにはいるが,若い人が多い。団員の入れ替えがけっこうあるのだろうね。
 指揮者は山下一史氏。

● 曲目は,ロッシーニ「歌劇ウィリアム・テル序曲」,ショパン「ピアノ協奏曲第1番」,ドヴォルザーク「交響曲第9番」。
 「ウィリアム・テル序曲」でN響の実力を見せてくれた。息をつめてステージを見つめながら,音に耳をすます。平日の夜だというのにこんなに多くの人が会場に足を運んでくる。心地よい緊張感。ちょっと背筋が伸びるような雰囲気。これだ。この空気を吸いたくて,ライブに来るのだ。感謝をこめて拍手。

● しかし,その後は平板な印象に変わっていった。ショパン「ピアノ協奏曲第1番」のソリストは横山幸雄さん。N響をバックにソリストを務めるのだから,国内有数のピアニストに違いない。実際,彼の指の動きがぼくの席からよく見えるのだが,ぼくの目には魔法にしか見えない。
 でも。ショパンの良さがぼくには理解できていないのだろう。作曲作法や音楽理論はまったく知らないし,演奏経験も皆無だ。音楽は感じるものだと居直っているんだけど,この演奏から感じるものはあまりなかった。こちらのアンテナの感度が鈍いのである。

● ドヴォルザークの9番をライブで聴くのは,これも二度目。昨年7月に宇大管弦楽団の演奏で聴いている。宇大管弦楽団の演奏には経験不足ゆえのたどたどしさがあったと思う。今聴いている演奏にそれはない。熟練の技だ。だからといって手を抜いているわけじゃない。懸命に弾いているその様は,そのままぼくの網膜に映りこんでくる。ぼくが今聴いているドヴォルザークは,国内で望みうる最高の演奏なのだと自分に言い聞かせてみる。
 しかし,心がほてってこないですな。何なんだろう。体調が充分じゃなかったのか。