2023年6月27日火曜日

2023.06.17 Nishi Graduate Orchestra 第8回演奏会

なかのZERO 大ホール

● 中野駅から なかのZERO があるもみじ山文化センターまでの路は,原宿の竹下通りなのかと言いたくなるほどに混んでいる。竹下通りと違うのは,歩いているのが爺さんと婆さんであることだ。
 もちろん,若い人もいるんだけれども,歩行者の平均年齢はだいぶ高い。ぼくも平均年齢を引き上げている一人だけどね。東京でこうなんだから,日本ってほんとに年寄りの国になったよね。

● というようなことを感じながら,会場に到着。Nishi Graduate Orchestra は「都立西高等学校卒業生によるオーケストラ」ということだが,この楽団の演奏を聴くのは,今回が初めて。
 都立西高というと,日比谷高校などと並ぶ名門(偏差値が高い)というザックリとした印象しかないが,ウィキペディアによると「校則のない自由な私服校であり,学問を探究するアカデミックな校風である」。この解説は卒業生が書いているんだろうね。

● 開演は午後2時。チケットは1,000円。当日券で入場した。
 曲目は次のとおり。ニ長調の曲を並べた。
 ベートーヴェン 交響曲第2番
 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲
 指揮は寺岡清高さん。こういう人を指揮者に迎えるほどなのだから,かなりの腕前なのだろうなと思ったのだが,寺岡さんも西高の卒業生であるらしい。

● ともあれ。ベートーヴェンの2番。かなりな上手が揃っている印象。
 高校で管弦楽部に属し,大学でもオケ活動に明け暮れたとしても,卒業して社会人になってしまえば,使える時間は減るだろう。卒業時の腕前を維持するのは相当以上に難しいのではないかと思うのだが,そういう理屈はあてはまらない人たちなんですかねぇ。それとも,維持するだけなら簡単だよ,ってことなんですか。

● 2番になるとはっきりとベートーヴェンが立ち現れている。他の誰でもないベートーヴェンが,奏者に過重な負荷を強いることなど歯牙にもかけないベートーヴェンが,そこにいる。
 そのベートーヴェン像がくっきりと見えるような,そういう演奏だった。という雑駁な印象を記して,次に行こう。

● チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソリストは金子芽以さん。
 彼女はなんと西高の現役生。同時に桐朋のソリスト・ディプロマコースの1年生(特待生)。2年前に全日本学生音楽コンクールの高校の部全国大会で第1位。

● それだけならまぁまぁ,さほどには驚かない(音大の付属校ではなく,普通の高校に通っている生徒が1位を取るのはきわめてレアなケースだろうな,とは思う)。いや,とんでもないことには違いないんだけど。
 それだけではなくて,サントリー芸術財団から JEAN-BAPTISTE VUILLAUME を貸与されているという。ここがね,破格ですよねぇ。

● ステージ上の彼女はすでにして完成された一個の淑女。後ろの方の席に座ったので,遠目にはということね。近くで見れば,そりゃ高校生のあどけなさも残しているに違いないけれども,ステージでは神聖にして犯すべからずの淑女感を発している。
 他方で,終演後の退場のタイミングを測りかねているような初々しさも発揮したものだから,客席は彼女にKOされまくりだった。

● 若い頃の華々しい活躍がそのままその後を保証するとは限らない厳しい世界ではあるのだろうけれども,そうはいっても,数年後にはしばしば彼女の名前を目にすることになるのだろう。
 次々に新しい才能が登場してくる。その才能がわかりやすい形で披露されるから,この世界は百花繚乱の趣に染まる。

2023年6月24日土曜日

2023.06.15 平日の贈り物♪ ランチタイムコンサート トリオ・ラ・プラージュ

栃木県総合文化センター サブホール

● 聴きたいコンサート,チケットを購入済みのコンサートは,手帳にタイトルと開演時刻と会場名を書いておく。書かないで記憶だけでやりくりして,ダブルブッキングを犯してしまうことがしばしばあったので。同じ日の同じ時刻に催行される2つの演奏会のチケットを買ってしまったなんてこともあった。
 さすがにちょっと懲りたというかね。ので,今は地道に(?)手帳に書いている。

● ところが,その手帳を見ないで同じ失敗をすることもあってね。それじゃ手帳に書いておく意味がないんだけれども,手帳を開くのが億劫で,記憶に頼ってしまう(どれだけ横着なんだ?)。
 でね,このコンサートは16日だと思い込んでいて。どうしてそう思い込んだのかはわからないんだけども,16日だと思い込んでいた。

● 手帳を見て今日だったと気がついたのは11時。正午開演なので1時間前。グワッ,間に合うのか。急いで家を出て,徒歩→電車→バスという交通手段で会場に向かった。
 結果的に,どうにか間に合った。開演3分前に会場に到着して,1分前に着座できた。やれやれ。手帳はこまめに開きましょうね。

● このランチタイムコンサートは正午から1時間の小コンサート。途中,休憩はなし。
 トリオ・ラ・プラージュは渚智佳(ピアノ),田口美里(ヴァイオリン),近藤千花子(クラリネット)の3人で構成されるトリオ。3人はいずれも栃木県が主催するコンセール・マロニエ21の優勝者で,それが結成のキッカケになった。

● トリオ・ラ・プラージュとしての演奏は過去に3回しか聴いたことがないが,それぞれが栃響の定演でソリストとして招かれていたり,単独で登場した演奏会もある。それらも含めるとけっこうな回数,聴いたような気がする。
 田口さんは都響,近藤さんは東響の団員でもあって,都響や東響の演奏まで含めるとさらに増える。

● モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲から始まり,次は “世界音楽紀行” と題して日本の「夏の思い出」「ふるさと」を演奏してから,ヴィヴァルディ「四季」から「夏」の第3楽章,ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番の第2楽章,ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」の一部を演奏した。
 このあたりの編曲は渚さんが担当しているらしい。こういうエンタメを意識した演奏ほど名手のそれで聴きたいものだ。

● 次はミヨー「クラリネット,ヴァイオリンとピアノのための組曲」。今回の演奏会で最も聴けて良かったと思ったのがこの曲だったのだけれども,じつはこの曲のCDを持っているにもかかわらず,たぶん聴いたことは一度もなかった。
 というか,CDを持っていたこと自体,忘れていたくらいのものだ。今日を機に聴くようになれば,それも収穫のひとつに数えていいだろう。

● 最後はチャイコフスキー「くるみ割り人形」から “マーチ” “金平糖の精の踊り” “トレパーク(ロシアの踊り)” “花のワルツ” の4曲。
 アンコールは「栃木県民の歌」というサービスぶり。「栃木県民の歌」は1962年(昭和37年)に制定されたもの。高度経済成長に向かう頃の単純な “前向け,前” 的な歌詞になっている。
 「生産は日ごとに伸びて」とか「とこしえに若さあふるる」とか,今となってはちょっと待てよと言いたくなるようなところもあって,もはや賞味期限が過ぎているとぼくは思っているが,そうは言っても唱和する声が客席から聞こえてきた。

● というわけで,1時間のコンサートが終わった。アタフタしてしまったけれども,開演の1時間前によくぞ勘違いに気がついたものだよ。
 おかげで優雅きわまる真昼の1時間を得ることができたわけだから。こういうのって,代替が利かないからねぇ。

2023年6月23日金曜日

2023.06.11 鹿沼ジュニアフィルハーモニーオーケストラ 第34回定期演奏会

鹿沼市民文化センター 大ホール

● 2020年から世界を覆ったコロナ禍は世界の様相を一変させた。すでにその禍は去ったといってよいと思うが,そうなるとその一変がさらに裏返って,元に戻るような気配もある。
 東日本大震災が起きたときにはこれで日本は変わる,変わらざるを得ない,と言う人がいたけれども,喉元過ぎれば・・・・・・という諺が,あれほどの大災害であっても妥当したように。
 どうしたって元に戻したいというベクトルが働く。元に戻れば,近過去は水に流そう,忘れよう,となるものだろう。

● オーケストラの演奏会も中止や無観客での開催を余儀なくされた。それによってネット配信が増えるなど,聴くだけの人間にはありがたい動きもあった。
 紙のチケットから電子チケットへの移行も進んだ。悪いことばかりではなかったのだ。こうした動きはコロナ禍が収束した後も残って欲しいものだ。

● 鹿沼ジュニアフィルは2021年の第32回定期演奏会は通常どおり開催している。感染者数の波がちょうど下がっているときだったのだろう。あと1ヶ月早いか遅いかしていたらどうなっていたかわからない。このあたりは運もあった。
 第33回はたぶん,関係者のみを入場させて実施したのではなかったか。ぼくは聴いていない。

● 今年は完全に旧に復して通常開催。開演は午後2時。入場無料。
 曲目は次のとおり。
 ヨハン・シュトラウス2世 喜歌劇「こうもり」序曲
 ハイドン 交響曲第104番「ロンドン」
 ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

● ぼくのようなロートルには,少年少女たちの演奏を浴びることによってエネルギーをチャージする的なところがあって,演奏そのものについてどうこう言うつもりは最初からない。
 が,この言い方は鹿沼ジュニアにははっきりと無礼だ。鑑賞に耐えるというレベルを大きく超えている。「新世界より」をここまで仕上げてくるのだから。

● それ以上にハイドンの「ロンドン」に驚いた。質朴ながらも典雅な古典派の香気がホールに満ちた。
 木管を中心に見ていたのだが,大したものだ。特にオーボエとフルート。この2つが目立ったのは出番が多かったからなのだが,とりわけオーボエの技量に感服した。ひょっとして,彼は賛助出演だったのか。

● 今日は1日雨。傘をさして出かけた。JR鹿沼駅から会場まではちょうどいい散歩になる距離なのだが,傘をさして歩くのは鬱陶しい。
 が,鬱陶しさを我慢して,雨の中を出かけて正解だった。正解であることを予めわかっていたので出かけたというのが,事の順序ではあるけれど。

● 唯一の疑問は,これほどのものがなぜ鹿沼に? ということだけ。
 来月17日にはオケフェスが開催される。休憩時間にホール事務室で整理券をもらってきた。

● 鹿沼市民文化センターがフランチャイズで,毎回ここで催行しているのだが,一度宇都宮でやってみたらどうかと思う。県総合文化センターでも宇都宮市文化会館でも。
 これまでとは違った観客が来るのではないか。つまり,保護者や知合いではない,大勢の赤の他人。ここまでの腕を持っているのであれば,アウェイを体験するのも悪くないのではと。

2023年6月15日木曜日

2023.06.10 宇都宮市民ジャズオーケストラ 第16回定期演奏会

栃木県総合文化センター サブホール

● これまでジャズの演奏を聴いたのは片手で数えられる程度だと思う。聴く機会が少ないのが第一の理由だけれども,ジャズって何? というのが曖昧模糊としてよくわからないというのも,理由のひとつだ。
 ではクラシックはわかるのか,と問われると少々困るのだけれども,クラシックはまぁまぁ輪郭はハッキリしているように思う。

● 以前にピアノの山下洋輔さんが,どんな音楽でもジャズになる,特にバッハはジャズにしやすい,と語っていたのを記憶しているのだが,ジャズにしやすいという場合の “ジャズ” の外延がどうも掴みづらい。
 ラテンジャズというのは,あれはジャズなのか。ジャズという名前が付いているんだからジャズなのだろうが,あれまでジャズだとなると,もはやジャズという音楽は定義しようのないものなのではないか。

● さして良ろしくもない頭で考えてないで,まずは聴けよ,聴けばわかるんだよ,と言われるであろうから,今日はジャズを聴きに来た。
 黄金週間中に吹奏楽の演奏会をいくつか聴いて,その勢いでジャズに突入という。吹奏楽とジャズは違うんだけど。というか,分類の基準が違うんだから,そもそも並べてはいけないものだが。
 開演は午後2時。当日券(1,200円。前売券は1,000円)で入場。

● クラシックもそうだが,ジャズにおいても聴衆の高齢化は容赦なく進んでいるのだなというのが最初に感じたこと。申しわけないが,演奏する側も同様ではあるまいか。
 どの分野でも,若い人は金の卵になっているのだろう。絶対数が激減しているのだから,当然と言えば当然のことではある。

● 曲目は左のとおり。アンコールはグレン・ミラー「イン・ザ・ムード」。知らないままに言うのだが,よく知られた人気曲を揃えているのではないかと思う。
 ピアソラの「リベルタンゴ」はクラシックの演奏会で何度も聴いているし,CDでもネットに落ちている音源でも聴いた。バンドネオンの他に,ヴァイオリン,ピアノ,チェロなどいろんな楽器のものがあるが,そのいずれもがそのままでジャズでもあるのだろうと思っていたんだけれども,そういうものではないようだ。

● 今回聴いたジャズバージョンは,オリジナルにだいぶ変奏をかけていて,別の曲にも聴こえなくもない。いよいよ,ジャズとは何なのか。トロンボーンをボントロと呼ぶノリがすなわちジャズなんだろうか。
 最後の「情熱大陸」も吹奏楽などでよく聴くのだけれども,これもそのままでジャズでもあるのだろうと思っていたのだが,同様にどうもそうではないっぽい。

栃木県総合文化センター
● いや,面白かったんですよ。ずっと面白くて,気がついたら終演していたというくらいのものだった。
 ステージと客席が画然と分かれたホールで聴くのは,本来の聴き方ではたぶんないのだろう。といっても,サックス,ラッパ,ボントロ,リズムで構成されるジャズオーケストラが演奏し,それを聴くとなると,この方式以外には難しい。

● コロナで4年ぶりの演奏会になるらしい。長いブランクができてしまって,ジリジリしたことだろう。何らかの “活動” をしている人にとっては,そうだったはずだ。ぼくは “活動” をしていないので,ずっと家にいればいいお気楽野郎ですんだんだけど。
 客席もほぼ満席だった。団員と何らかのつながりがある人が多かったようなのだが,聴く側にも待ってましたという人がけっこうな数,いたんだろうかね。
 大雑把に言うとステージと客席の距離はクラシックよりはるかに近い。堅苦しいことは抜きね的な雰囲気がある。

2023年6月9日金曜日

2023.06.04 栃木県交響楽団 第113回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 開演は午後2時。チケットは1,200円(前売り。当日券は1,500円)。前売券を買っておいた。
 曲目は次のとおり。指揮は栃響では久しぶりの末廣誠さん。
 ラヴェル 古風なメヌエット
 マーラー リュッケルトの詩による5つの歌曲
 ブルックナー 交響曲第4番 変ホ短調「ロマンティック」

● 「リッケルトの詩による5つの歌曲」のソリスト(メゾソプラノ)は山下裕賀さん。ぼくからすると,異能の持ち主と言うほかはない。
 抜きん出た異能は香気を放つ。こういう言い方しかしかできない。

● 2016年のコンセール・マロニエで優勝したときも聴いているし,21年2月に開催された「林真理子の劇場で愉しむ “オペラ” なるもの」に出演したのも聴いている。
 他にも数回,聴く機会があった。演奏家というのは性格が陽性であることが,一番目に求められる資質なのではないかと思っているのだが,彼女の陽性は筋金入りのように見える。もちろん,思い屈することも度々あるのだろうけれども,基本色は陽性。そうでなければやっていけないのだろうとも思う。

● 栃響がブルックナーを取りあげるのは初めてらしい。指揮者末廣さんが,「113回もの定演を重ねているオケは少ないけれども他にもある。が,その間,ブルックナーをやったことがないというのは唯一無二の存在」といった意味のことを話していた。
 たしかに。言われてみれば。

● 今回,その唯一性を捨てたわけだが,初めてだからこそなのか,鮮烈なブルックナーが出現することになった。特に第4楽章の初め,マグマ大使がゴアゴンゴンの征伐に向かったときのような(わかる人はあまりいないと思うが),高揚と緊張がマックスになる場面があるのだが,そこではプロの演奏を聴いているような錯覚に陥った。
 やるなぁ,中高年,と思ったのだけども,いやいや,これはどういう機序によるものか。指揮者の末廣さんの功績に帰するのだろうか。

宇都宮市文化会館
● ブルックナーの4番は,CDはカラヤンで聴いている。同一曲のCDを何枚も持って聴き比べるってことはあまりしない。その1枚だけを聴いている。そもそもが長いからねぇ,その1枚もしょっちゅう聴いているというわけではない。
 それでも,ブルックナーのこの曲は起伏が多く,綾も細かいので,風景が小気味よく変化する,といった程度のことは感じていた。が,こういう演奏を生で聴けると,それ以外に質量の重さ・大きさといったものもズシンと伝わってくる。ブルックナーはただ者ではないことがわかる。

● アンコールはなし。当然かと思う。

2023年5月21日日曜日

2023.05.21 東海大学吹奏楽研究会 DREAM CONCERT 2023 in 宇都宮

宇都宮市文化会館 大ホール

● 落語のCDを返しに宇都宮市立中央図書館に来た。ら。今日,この演奏会があるのを知った。開演までの約2時間をどうにかうっちゃって,聴いてきた。大きな拾いものをした。ラッキーとはこういうことだね。
 開演は午後2時。入場無料。

● 内容は3部構成で,まず第1部は課題曲クリニックと題して,東海大学吹奏楽研究会の常任指揮者の福本信太郎さんと音楽監督の加養弘幸さんが,吹奏楽コンクールの課題曲について,その勘所についてレク。
 マイクの音が割れてしまっていて,よく聞き取れなかった。それ以前に,このレクはコンクールに出場する中学生や高校生を対象にしたものと思われるところ,観客の大半はぼくを含めて爺さんと婆さん,オジサンとオバサンだったので,少々アテが外れた感じになってしまった。

● レクのあと,東海大学吹奏楽研究会が模範演奏。演奏したのは次の4つの課題曲。
 牧野圭吾 行進曲「煌めきの朝」
 宮下秀樹 ポロネーズとアリア-吹奏楽のために
 天野正道 レトロ
 水口 透 マーチ「ペガサスの朝」
 「煌めきの朝」は先月30日に宇都宮中央高校吹奏楽部の演奏で聴いている。作曲した牧野さんは現在,音大の作曲学科の学生。この曲を作ったのは高校2年生のときだったらしい。2年生の3学期のとき。

● 第2部は地元の共演校のステージ。共演するのは宇都宮市立陽南中学校と作新学院高校。
 陽南中学校
 宮下秀樹 ポロネーズとアリア-吹奏楽のために
 米津玄師 カイト

 作新学院
 マリナンジェイ(郷間幹男編) ジャンボリミッキー
 久石譲(後藤洋編) となりのトトロ-コンサート・バンドのためのセレクション

● ラッキーだと思ったのは作新学院の演奏をまた聴けるからなんですよね。4月2日に幕張総合とのジョイントコンサート,今月7日にフレッシュグリーンコンサートを聴いている。2ヶ月の間に3回聴けるとは。
 この吹奏楽部が栃木県内の絶対王者だと思っているわけですよ。しかし,こういう機会に絶対王者を相対化できるかもしれない。
 作新をもってしても,東関東を突き抜けて全国に行くのはなかなか以上の難事なのだ。上には上があるというあたりまえの事実を,栃木から出ないから,なかなか知る機会に恵まれないわけでね。

● 第3部が東海大学ステージ&共演校との合同ステージ。東海大学が演奏したのは次の3曲。
 松前紀男 東海大学校歌
 長生 淳 喜色満海
 鈴木英史 カントゥス・ソナーレ
 大学の校歌も校歌というんだね。学歌とは言わないんだな。

● 合同ステージでは,東海大学&陽南中学校が「宝島」で,東海大学&作新学院がチック・コリア「スペイン」。作新が単独でやるときには,これにダンスが加わるわけだけれども,今回は演奏のみ。
 その「スペイン」が絶佳。全体で最も印象に残ったのがこの演奏で,もう一度聴きたい,今すぐ聴きたい,と思った。録音録画していたっぽいので,ひょっとすると You Tube に上げてくれるかもしれない。ほんとにね,もう一度聴きたい。

● でね,この演奏をリードしたのは作新の方だと思えた。この曲は作新お得意のレパートリーで毎回演奏する曲だし,東海大学は胸を貸すくらいのノリでやっていたのかもしれないんだけど。
 というわけなので,作新を相対化することはできなかった。やっぱり,作新のレベルは相当なもの。

● 会場の宇都宮市文化会館の敷地にはツツジが彩りを添えている。梅雨の鬱陶しい時期になると紫陽花ですね。梅雨の紫陽花は,万物みな枯れる冬に夜空の星々が最も絢爛な様を呈するがごとし。
 紫陽花といえば,宇都宮に紫陽花に “しようか” とルビをふった名前のスナックがあってね。しようか? うん,する,するっ,となるじゃないですか。
 何をするのかって? お勉強に決まってるじゃないですか。他に何があるってんです?
 汝よ,淫らな想像をした者よ,悔い改めよ。

2023年5月20日土曜日

2023.05.14 真岡市民交響楽団 第65回定期演奏会

真岡市民会館 大ホール

● 昨年の12月17日以来,半年ぶりに真岡に来た。市立図書館で雑誌を読んでいる。けっこう優雅感があるぞ。“けっこう” でよければ,優雅を愉しむのにお金は要らない。
 問題は,すべての図書館でそれができるわけではない,ということだね。優雅感がないところもある。地方の小都市でもそうだから,大都市になるとさらにそうだろうな。

● さて,何のために真岡まで来たのかと言うと,真岡市民交響楽団の定演を聴くためだ。半年前もそうだった。それ以外の用事で真岡に来ることは,まずもってない。
 開演は午後2時。入場料は安定の500円。当日券を買った。

● 曲目は次のとおり。指揮は新井義輝さん。一般大学を卒業してから音大の指揮科を出た人。
 ベートーヴェン エグモント序曲
 グリーグ ペール・ギュント第1組曲
 シベリウス 交響曲第2番 ニ長調

● 序曲なのに交響曲を1つ聴いたような気分にさせるのがベートーヴェン。ロシア人形のマトリョーシカのようだ。どんどん小さくしていっても,全部がそこにある。
 入れ子構造になっていて,全体の一部を切り取るのではなく,全体を小さく凝縮したような。

● 「ペール・ギュント」は第1曲の「朝」の冒頭のフルートがほぼすべてと言ってしまいたい。第2曲「オーゼの死」で弦がロマンチックに歌うのもいいんだけれども,やっぱり「朝」のフルートかなぁ,と。
 そのフルートゆえに,CDならカラヤン+BPh がいいと思っている。が,生で聴くのがもっといい。
 CDは耳で聴く。生演奏は目や皮膚なども動員して聴くことになる。CDで聴いても鼓膜しか喜ばないが,生だと全身が喜ぶ。全身で聴くのが音楽の本来だろうと思う。

● シベリウスの2番をベートーヴェンのように聴くこともできる。つまり,苦悩を通して歓喜に至る,という。
 第4楽章の妙なる調べは天国に着いたことを思わせるし,コーダは神に抱かれた喜びを思うさま発散しているようにも見える。辛い渡世だったけど,最後にやったよ,俺,と。ま,荒唐無稽な妄想だ。

● というわけで,聴き応えのあるシベ2だった。まことに,真岡には真岡のシベリウス。奏者の過半は真岡在住者ではないと思うけれども,そういうことは関係ない。

● ちなみに,今日は宇都宮市文化会館で宇都宮シンフォニーオーケストラの演奏会が,栃木県総合文化センターで新人音楽家演奏会があった。
 地方でもこういうことはしばしばある。ないときはバッタリないのだから,うまくバラけてくれるとありがたいのだけれども,そうは問屋が卸してくれない。